盛大に嫁に遊ばれてあたふたすれば良い
玄関の扉が乱暴に開く音がした。 「どちら様で――?」 問えども返ってくる気配もなく只、ドカドカと足音が近づいてくる事でその相手が分かる。 すー、と襖の擦れる音するなり俺はゲンナリした顔でその隙間に姿を現した男を見た。 「こんにちわ、位は言ってくれ給えよ」 「礼儀を守った所で珍しいと笑うだけだろうに!笑いたければ笑うが良い!福が来る”コンニチワ、コンニチワ」 半ばヤケクソの様に無表情のままそう繰り返す訪問者。そもそもそんな状況で俺が笑うのはアンタの日頃の行いが悪いから…と言う言葉が喉元まで出かかったがその少し陰った表情に言葉を飲んだ。 勝手知ったる友人の家、とばかりに 彼はせっせと座布団を二つ折りにし、床に寝そべった。 「榎さん――寝るなら家で寝れば良いじゃないか」 そんな所で寝られちゃ読書の邪魔になる。いつもなら兎も角こんな時だからこそ心が乱れてしまうじゃないか。 「家は煩い」 「心配してるのだろう」 「役に立たない心配なら寝てすればいいものを彼らは扉の前で 息を潜めて僕の様子を伺っているのだ。気持ち悪くてしょうがない」 「良い下僕じゃないか」 「勝手に居ついたのダ」 「嫌いな人間の傍には居つくまい」 返事は返って来ない変わりに寝息が聞こえてきた。先ほどまで話していたのに如何して会話の途中などに寝る事が出来るのか 僕には到底理解出来ないがそういった習性がある事は心底諒解している。 無防備に口を開けて寝る榎さんの顔を見ながらふとその目の下に有るクマを見つけやはり言わないまでも堪えていたのだなと 確認し、心が痛んだ。 彼はいい加減な事ばかり言うがいい加減な人間ではない。後生大事にしていた写真に彼の口には出さない心があった。 戦後もずっと探していたのだ、彼は。やっと探し当てた自らの恋人が邪な想いに沈んでいくのを彼は一体どのような想いで見届け続けたのだろうか、と考えると 部屋に籠るよりは此処でこうして寝て貰っていた方がこちらとしても安心なのだろうけどそんな事も彼には分って此処に居るのだろうと考えると少しばかり腹が立つが取りあえず今はゆっくり眠れば良いと思う。 「風邪ひくよ、榎さん」 「ん…」 鳥が呑気に鳴いている。 榎さんが来る前に火に掛けて置いた薬缶がしゅんしゅんと湯気を吹く。取りあえず薬缶を火から下し、毛布を出して寝ている客人に掛けた。開け放った障子からは気持ちの良い陽が差していた。 急須に注いだお湯はさほど色を着ける事無く湯呑に注いだ。時を待っても濃くなるものでは無い。相変わらずの出がらしだ。 いつまで経っても僕は茶葉の場所を記憶できない。そんな薄い茶でもこの静けさを肴に飲むとそれなりに味わえるもので――それでもそんな静かな時間は愛で始めると必ず邪魔者は入って来る。 「お邪魔します」 「こんにちわー」 「先にお邪魔しますじゃないでしょうが!」 「勝手知ったる中禅寺さんの家、だってあの人は我が薔薇十字…」 「そんな物騒なモノに加盟した覚えはないよ」 襖から覗く二つの顔が僕に頭を下げるのと同時に床に転がる彼らが主人を見つけ、安堵したのか二人同時に目を閉じた。 「ほら、言ったじゃないか益田君。この人はそんな繊細じゃ…」 「で、で、でもひょっとして今度ばかりは堪えて…」 「天地が割れてもそんな事は無いと僕は…」 「和寅さんだって大丈夫だと想うなら留守番してて下さいって言ったのに…」 「鬼も霍乱って言葉が在るから僕は――」 「結局心配なんじゃな…」 「ああっ!もう折角煩いのが居る家から抜け出してきたのに結局煩いのがこちらに来てしまったのなら僕は家に帰るしか無いがどうせ家に帰ったら君たちも付いて来るのだろうと思うと何処へ逃げても一緒だからここで寝る!お前達は此処でこの書痴のうんちくでも聞いてい給え」 「「ええーー、それは無いですよ…」」 「榎さん含め君たちは僕を一体何だと思ってるのか…」 和寅・益田「「薔薇十字社の影の黒幕…」」 榎木津「………」 京極堂「出て行ってくれ給え!」 【終わり】 邪魅…の一件が何気に堪えてる榎さん。何気に京極堂に甘えに来る榎さん。 心配しすぎて暑苦しい下僕二人。そして大分迷惑そうな京極堂。 そんな空間、良いじゃない!と言うまたもや俺得記事。