第一話


Stevie Wonderによる同名の曲からイメージ。
尚キョです。ひたすら【せつなさ】を表現する目標で書きました。

*** 


ドアが開かれ待ち人が来る。
俺は思わず笑って…敢えて待ち人を見なかった。

馬鹿馬鹿しい程の胸の高鳴りが忌々しい。
こいつは只、務めを全うする為に来ただけなのに…

如何してこうなったのだろう、と記憶を辿り
俺はまだ状況がマシだった初日を思い出した――


**


やけに苛立つ毎日が続いていた。理由は分からない。
仕事だけはぎりぎり失敗無しにこなしているものの、
何処か虚しくてしょうが無かった。

――何かが足りない

何が足りないのかは自分でも分からない。
ただ、解決付かぬ問題を抱えたまま時間が通り過ぎる事にさえ苛立ちを積もらせていた。

「如何しちゃったの?尚…」
マネージャーが困惑顔で問う。答えられる筈も無い。俺にだって分からない。
「さあな!」
乱暴に言葉を吐き捨てる。虚しい音の残骸が真っ白な控え室に響いた。
一瞬思いつめた様な顔をした彼女は踵を返し、控え室を出て行った。

俺は用意されていたソファーに身を沈めながら如何する事も無く
只、白い天井の模様を数えていた。

どれ位時間が経ったのだろう…
出て行った筈のマネージャーは僅かな風と共に控え室に入ってきてこう言った。

「何とか、なるかも知れない」

その時の俺は意味を解する事が出来ずに只、訳の分からない事を言うマネージャーを
興味無さ気に目の端で見ながら眠る為にそっと目を閉じた。

それから何日経っただろう。
不貞腐れ、とうとう家から出なくなり、寝たり起きたりを繰り返し始めた俺に
尋ねてきたのは――LMEから派遣されてきた、と言う幼馴染だった。

「最近イライラしてる様だから…って祥子さんから依頼があったのよ」

如何にも不機嫌な顔で俺を睨みながらアイツはそう言った。
入るのに幾分かの抵抗が在るのか扉から中へは入って来ない。
俺は複雑な心境のままそっぽを向き「嫌なら断れよ」と吐き捨てながら
半身になり、中への道を開けた。

俺を通り過ぎながらアイツの返した来た答えは想像以上に辛い言葉だった。


――演技の練習になるなら何だって良いわ。


「意味がわかんねぇ!」
そう言いながら扉を閉め、アイツを追い越しついでに背を向け
頭を抱える俺を無視してアイツはキッチンへと向かった。
俺はキョーコの来訪に動揺した事を悟られまいとベッドに潜り込んだ。

耳が覚えてた、包丁の音――布擦れ音に心の奥の固まった何かが
ほろほろと解けて行くのが分かった。

それはとても屈辱的な感覚だった。
俺は思わず唇を噛んだ。血の甘さが神経を逆撫ぜる。

「ねぇ、ショーちゃん?」
「あぁ?」

癖で返事をしたものの、驚いて思わずベッドから身を起した。

「――ショー…ちゃん…だと?」
キョー子は俺を困った顔で見た後、少し笑うと
「まぁだ寝ぼけてるの?ショーちゃんはショーちゃんに決まってるじゃない」
と首を傾げながら言った。

キッチンから漏れる朝日があの時を思い出させる。
逆行のキョー子、シュンシュンと沸騰した事を告げるケトル…
ふわふわと優しく香る味噌汁の香り…そしてほの甘く頼り無いコイツの…

「ショーちゃん!いい加減起きて!起きなさい!」

――他愛のない目覚ましコール。
まるで俺は望んでも無いタイムスリップを一瞬の間にさせられた気分だった。

家を見渡すと相変わらずの祥子さんの部屋。
あの時よりも広く綺麗だ。

それでも俺が散らかした所為で床には酒瓶やコンビ二弁当の残骸が散らばり
荒れていた俺の心中を表しているかの様だった。

俺の視線がその汚い床に向かって居るのに気が付いたのか
キョー子はその視線の先のゴミを膨れ顔で拾い上げ「ゴミはゴミ箱でしょ?」と片付け始めた。

目覚めは最悪の気分だった。

「止めろよ」
「でもこんなに散らかってちゃ…」
「止めろ!」

俺が声を荒げるのを見て諭そうと思ったのかキョー子は俺の寝ているベッドに近づいた。

「機嫌…悪いね」
「お前がそんな事するからだろうが!」
「片付けただけじゃない…」

いつものコイツなら「片付けてやったのに何よその態度!」とか言って
俺に食って掛かってくるのに…コイツはあくまで悲しげな顔をする。
――こんなの…キョー子じゃない。

「俺が…自分で片付ける…」
「偉い!そうでな…」
「お前の言う事聞いた訳じゃない!…俺は――」

言葉が出ずに歯痒かった。もう…良い…と告げると一瞬だけ不審顔をしていたアイツはくるりと背を向け鼻歌交じりにキッチンへ向かい、料理を盛りつけ始めた。

一つ、二つ、ゴミを集めては捨てる。
俺は何時までもこの作業が続けば良いと思ってた。

この作業が終わればアイツの言う通り朝食を食う事になるのだろう。
向かい合って――あの時の様に…。

想像するだけで心が握りつぶされんばかりに痛んだ。
それはきっと俺が…認められない意識の底で待ち望んだ状況だったのかも知れない。

でもその状況には似て非なるものだった。
一?の差が大違い。まるで一枚隣に紛れ込んだパラレルワールド(並行世界)

俺の描いていた世界はいつものキョーコが毒付きながら…俺もアイツに毒付きながら囲む食卓、遠慮の無いやり取り、討論を乗り越え罵倒し合う様な…騒がしい朝食だった。

対等に向かい合う食卓はどんなに居心地が良いだろうかと考えていた。
朝日がキョーコの不機嫌そうな顔を照らすのを見て俺はきっと言うんだと思ってた…

「照明って怖ぇよな!お前でも絶世の美女だ!」
アイツは意味を解せずにきっと怒るんだ。
「どうせ私は平々凡々よ!」

そんな日々を少し夢見てた。
捨てた筈のキョーコが這い上がってきた時からずっと…。

「ショーちゃん、終わったら…ね?」
食卓は綺麗に片付けられ、湯気の立ち上る料理が理路整然と並んでいた。
件の相手は優しく微笑み、食卓に手を付き頬を緩ませて待っていた。

――違うんだ、そうじゃない。そうじゃないんだ。

俺は返事をせずに黙々と作業を続けた。
ゴミはあと少しで片付け終わってしまう。

俺は――どんな顔で向き合ったら良いのだろう…


【続く】




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