第十二話

一日家に閉じこもった生活にも飽きて外へ。
室内にじっと居ると世界まで狭まってしまうのか
久しぶりに心の余裕を持って出る外は酷く大きい世界に見えた。 


それでもここいらの空は京都のソレとは違い相変わらず狭い。
サングラス越しに見ると酷く世界は陰鬱として見えた。

しかしゆっくり家(祥子さんの)の周りを散歩するなんて
久しぶりと言うか、初めてじゃないかな。
場所が場所だけに余り家族連れは少なく、
品の良さそうな恋人同士がヒールと革靴の音を鳴らして歩いていた。

公園はとても静かだ。居るのは大人ばかりだから
余り大きな声を立てて話す人もなく落ち着いたムードが充満してる。

こんな所にアイツを連れてきたら浮くだろうな。
周りの反応を見たいもんだ。

こんな所に地面にライティング様の電飾が埋められてる。
アイツがイルミネーションなんて見た日には――

ここに居ないアイツの事ばかりが頭に浮かぶ。
まるで連れて歩いている様だ。連れて歩いているならまだマシか。
居ないのに想ってしまうから、居ない事が殊更答えて辛い。

こう言うのを『恋しい』と言うのだろうか。
恋しい…I miss you …

何度もそんな言葉を曲に使ったけど
ただゴロと格好が良いから使っただけで
本当の意味なんて理解していなかった。

しかし…

「恋しい…か」
思わず一人呟いて笑う。何て似合わない言葉なんだろう。
俺にも、アイツにも、ましてや二人の間にそんな言葉なんて――

――好きだって言ってんだろうが!

キョーコのリアクションも含め自分の声を思い出しては顔が赤くなる。
あんな余裕のねぇ俺なんて本当にらしくねぇし、
あんな泣き出しそうな切ない顔を俺に向けるなんてキョーコらしくない。

欲しいのはこんな二人じゃない。
「アンタを跪かせてやるから!」「へへ!やってみろ!」
――これ位が丁度良かったんだ。

近づきすぎても違和感が出る。
かと言って離れるのは耐えられない。

アイツは今日、俺が言った言葉に対しての答えを
持ってくるのだろうか。

無駄に一途なアイツの事だ。敦賀に惹かれ始めてる今だ。
心の何処かで帰ってくる返事を知っている気がしていた。

アイツに神妙な顔で「ごめん…」何て言われた日には…


………


………


ああぁああぁあぁぁぁぁああぁあぁ!
そんなのプライド粉砕も良い所じゃないか!

…まあ、恥かしいのとプライドが粉砕されるのは兎も角、
幼馴染としても距離もおかしくなるのだろうか。

前の様な何処か繋がったままで離れるのでは無く…
心の距離は完全に離れて行ってしまうのだろうか。



今まで遠のいていた雑踏の音が急に押し寄せてきた様に感じた。
俺はかなり自分の思考の世界に深く潜りこんでたらしい。

水音がする。噴水だろうか。
何をするとも無くその噴水を見ていた。

水が上がって下がって叩きつけられて揺れる水面を眺めていた。
どどどど、と水の音が腹に来る。その振動が不安を更に大きくさせた。

家に帰ろう。もうすぐアイツが来る。
そして多分――

俺は頭の中で色んなバージョンを考えながら対策を練っていた。
そうして朝は終わり、昼が来て少し後、陽に翳りが差し始めた後
審判の時は始まる。


鍵の回る金属音。そして開かれる扉。
溜息一つ、そんな些細な音だって俺はアイツを感じてしまう。
ビニールの音が食事の用意の存在を誇示する。

「遅くなった…わね。少し考え事してて…今作るわ。
でも少しその前に――」

珍しくリビングで座って待っていた俺を真剣な目で見ながら荷物を床に置いた。
ふと落とす視線に感じる決意の様なものの気配。

「あの…この間の事ね…私は…」
「ああ?この間の事だぁ?」

俺は演技が出来るだろうか。
女優であるコイツを騙せるだろうか。

じっと目の前に立つ幼馴染の目を真剣に見詰めると俺は
喉からどうしても出ようとしない言葉を何とかひり出した。

「まさか真に受けてたのか?」
顔が強張る。筋肉が引きつる。指がこんなに重いとは今まで一度も思わなかった。
そんな事に気が付く程俺は指の先から脚の先までに意識を払って
ゆっくりといつもの俺≠演じ始めた。

キョーコの目が一瞬見開かれたのを感じた。
そしてそれを横目にアイツが立ち尽くしているのを気配で感じながら
如何にも詰まらない、と言った態度で俺はベッドに横になった。

「それとも最初に貰った依頼でも遂行してんのか?
そういや、俺の恋人役だっけ。はは。お前に出来る訳ねーのにな!」
「……やって…みるわ」

その意外な言葉に俺は飛び起きた。

「…はぁ?」
「取りあえずご飯、ね?」
「ああ…」

キョーコが俺の目を見ない。
幼い頃から俺のお袋に「人の目は見て話しなさい」と繰り返され
それを忠実に守っていたキョ−コが分かりやすい程のアクションで
俺の目を避けた。

何を考えてるんだ…

試すつもりだった。
少しはアイツの訳の分からない思考の欠片が見えるかと思ったんだ。
それともその衝撃でいつものアイツに戻るか、何て思ったのも在る。

そっと立ち上がりキッチンへ…
リズム良く包丁で何かを刻んでるキョーコの背後にそっと立った。

いつもなら「何よ!気持ち悪いわね!」とか
「プロレス技とか掛けてくるつもり!?私は武器持ってるんだからね!」とか
そんなやり取りで笑ってたんだ。ここ最近は。

でも今は少しリズムの乱れた包丁の音が相変わらずのビートを刻んでいて
そんな隙間も無い。

誤魔化してもこんなに心が離れるのか――
それとも誤魔化し切れなかったのか?

ふとその腰を後ろから抱いた。
「セクハラ!」とかそんな罵倒を期待したんだ。

安易な予測は虚しく外れ、更にリズムのバラバラになった包丁の音が
室内に響く。

しゅんしゅんとお湯が沸く音が鳴り…キョーコは振り返りもせず
「お湯が――火、止めなきゃ、、だから――」そう言って
そっと俺の腕を解こうとその華奢な手を添えた。

もう今までの二人に戻れない、と確信した。
子犬の様にじゃれあってた無邪気な安らぎは得られない、と思った。

その切なさに心が焦げた。
まるで故郷が目の前で燃えて消えていくのを見ている様な辛さだった。

腕を離す所か更にきつく抱いた。
心細かった。世界でたった一人で居る様な気分だった。

古い友人を失う――に似ているが少し違う。
新しい恋人を得る――に近いが獲た達成感も無い。

後退の道が塞がれたなら例え後ろに未練が在ろうとも
進まなくては成らない。

進むと云うのはつまり――



手を離さない俺を不審に思わないのかキョーコは
俺の腕にそっと手を添えたまま動かなかった。
いや、少し震えていたのかも知れない。

そっと少し赤く染まった耳に接吻(キス)を…
それでもキョーコは動かない。一体何を考えているのだろう。
そのままそっとキョーコの体を反転させて俺は思わず固まった。

俺の苦手な顔。
まるで身を切られている最中の様な切なげで痛々しい顔に
沢山の涙が今にも落ちんばかりの勢いで眼の淵に溜まっていた。

大粒の涙が一粒ほど床に落ちた。
そして俺はまたなす術も無く立ち尽くしそうになるが
俺だって進歩しない訳じゃない。

その体をぐっと抱きしめキョーコの顔を自分の胸に押し付け
湧き出る涙を拭った。肌に染みこむ生ぬるい液体が温かい。

「なっ…何なんだよ、いきなり!何が在ったんだよ、言えよ!」
「嘘つき…ショー…」
「あ?俺がからかったのがそんなにも辛かったのかよ!」
「どうせなら巧く騙しなさいよ…」
「ああ?前の俺の言葉がそんなに下手糞な演技だったかよ…」

俺はアイツを抱いたまま笑った。正直巧く笑えてたのか自身は無い。
心臓の音が飛び跳ねてしょうない。少しでも治めようと呼吸を止めたが
無駄な努力だった。心拍数は益々上がる。

「心臓の音、凄い」
「別にからかっただけで…それがバレたからって…ただ俺は…」
「役者だったら成功しなかったわね」

キョーコの言葉に少し力が戻った。
俺は少し腕を緩めてその顔を覗き込んだ。

「素人だもんよ。そら下手糞だろうが!そもそも信じて無かったなら
なんであんな神妙な顔して入ってきたんだよ。俺はてっきり――」
「嘘か本当は分からなかったから神妙な顔をして言葉を選んでたのよ」
「気を使わせたな!生憎…」
「馬鹿にしないで…」
「へへ!悪かったな!お前の事なんかこれっぽっちも…」

神妙な顔でキョーコは俺を見据えたから俺は言葉を呑んだ。

「アンタの事なんかお見通しよ…」
その呟きに何がバレてるかを嫌でも理解させられた。

そうだ、キョーコは俺を知り尽くしてる。食事も、癖も何もかも。逃げられないじゃないか。腹を括るしか道が無いじゃないか。

――もう…


俺は「悪かったな、好きで」何て憮然と言葉を吐きながら
素早くキョーコの口に自分のそれを重ねた。


【続く】



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