第十三話



「何で今≠ネのっ!…ずっと…本当に…私はアンタを…アンタを…っ!」 


俺の行為は何の意味も成さなかったのか
変わらずキョーコは切ない顔で泣いた。

これ以上、何をするべきかなんて分からない。
ただ腕の中の温度に酷く心地良さと、何とも言えない心の距離の歯痒さが堪えた。
生ぬるい空気、抱きしめ接触した肌が少し汗ばむ。

もういっそ、勢いに任せて抱いてしまえば
この気持ちの悪い距離が埋まるだろうか…

絡み合う視線。キョーコの瞳は涙を湛え揺れていた。
戸惑いながらもう一度顔を近づけ接吻をした。
キョーコの腕が俺の背をぐっと引き寄せた。
少しだけコイツの気持ちがこちらに流れて来た様に思った。

許せない。許したい。憎みたい。憎みきれない。
そして多分コイツは……何度も過去の気持ちを繰り返すキョーコは過去に捕われているのか、今の俺に捕われているのか分からずに居る様な気がした。

「俺だって変わる。お前だって変わった…」
「ねぇ、尚…」

不意に俺の胸から顔を離したと思うとまるで猫が木に登る様な仕草で
キョーコは俺の胸に手を付き、俺に接吻をした。

「何故…お前…」
「いっそ記憶を消してしまえたら良いのに…」
「無理な事は言…」
「尚…私…如何したら良いの?」
「あ?」


――最悪の気分よ。ドキドキするの…貴方にも――


押さえきれない感情と言うものを存在を俺は初めて知った。
馬鹿みたいに何度も何度も接吻をしながら床に押し倒した。

発情した犬ってこんな感じだよな…と冷静な俺の一部が俺をせせら笑う。

「やめて…」
顔を背けるその首筋が憎い程色っぽい。

「アイツにもそんな顔見せるのかよ!」
「何を言ってるか分かんない!」
「本当は分かってるだろうが!」
「何の話よッ!」
「逃げんなよ!」
「逃げるわよッッ!」

何処で買ったのか、安っぽい生地のスカートを捲る様に
前より少し細くなった様に見える腿を撫ぜた。

「や…止め…て…」
「アイツに盗られる位なら…」
「冗談…でしょう?」
「分かってる癖に…」

別に女を抱くのが初めてな訳じゃないのに
心臓が口から出て来てるんじゃないかと思う程
俺は酷く緊張していた。

キョーコは腕の下で震えながら俺を威圧するかの様に
睨んでいた。顔が真っ赤だ。

首に鎖骨に舌を這わせ接吻を。
石の様に固まるキョーコが時折吐息を漏らした。

このまま行けばもう戻れない。
ここで止めても同じ事。

「止め…あッ!…尚…お願…い…」
「何故突き飛ばさない…?」
「分かんない…分かんないのよ!」

抵抗もしない、拒絶はする。
そのゆらゆらと揺れるもどかしさが俺をもう止められなくしていた。
意地か…それとも恋心の暴走か…

「俺はお前の幼馴染か?キョーコ」
「…そうよ、大嫌いな…んぁ!幼馴染…」
「お前の中の俺は少なくともこんな事、しねーんだろうな」
「え?」

おもむろにキョーコの手首を取ると
ズボン一杯に膨らんでるそれに当て撫ぜさせながら
耳たぶを甘噛みした。

「やだ!やだ!そんな…あ…嘘よ…嘘よ!」
「俺だって男なんだよ」
「色気が無いって言ったじゃない!私にまでサカらなくても!」
「お前にだからサカるんだろうが!好きになったから抱きたいんだろうがよッ!」

何度も確認するのは俺が一度裏切った所為。
いや、裏切らなくてもコイツはこんな反応をしただろう。

子供の様に無垢なキョーコ。
俺は心の何処かでずっとコイツにそう居て欲しかったんだろう事を自らの手で壊そうとしている今、気が付いた。

俺の穢れた欲望を無理やり触らされて顔を赤らめて涙ぐむキョーコが酷く愛しくて嬉しくて…
それと同時に悲しくて…苦しくて…

壊すのは俺だ。
穢したのは俺だ。



――もう本当に戻れねーのか?



「何で…?」
「聞くなよ…」

自分のブラウスのボタンがもう外れてる事なんてきっと気づいてないんだろう。
キョーコはフリーズしたまま前も隠さずに居た。

ホックを外して初めて目に生気が戻り
外した衝撃でズレたソレを押さえた。
瞬間その緊張につつかれた空気を裂く様に携帯のコール音が鳴った。

最悪の…いや最良のタイミングだったかも知れない。
俺はそのコールに邪魔された事で少し安堵した感も在った。

「あ、私の…」
少し正気に戻った俺はそっと体を起こすキョーコ
本当ならそれを邪魔するべきだったんだろうが俺はそっと身を引きキョーコの鞄を取り渡した。

急いで携帯を出して開くなり顔を引きつらせたキョーコに
その画面に表示されていた名前を知った。

「取れよ」
「ええ?」
「取れって!」
「……」

訝しがりながら電話を取るキョーコ
自分でもオカシイ反応だとは分かってる。
だけど俺がこう言わないと俺の知らない所で
コイツは鶴賀に電話して折角こっちに引っ張ってるのに
その分盗り返されるのが目に見えてる。

二人のやりとりなんて見たくない。
だけど知らない所で繋がるなんて許せない。
せめて俺の目の前で、邪魔できる場所で…と思うのは
やっぱり卑怯なんだろうな。

「もしもし…あの…お疲れ様です」
声が酷く緊張をしている様に思えた。
「いえ…その…あの…少し走って…来たので…はい、今 尚の…」

ざわざわと心が騒ぐ。視線が落ち着かない。
相反する様に少し漏れ聞こえる敦賀の落ち着き払った声が癪に障った。
キョーコが縋りつく様に携帯を持ったのも手伝って思わずカッとなった。

敦賀の電話がそんなに嬉しいのか
ブラウスの前を肌蹴させたままアイツと話すキョーコの
その半ばむき出しの胸の先を後ろからそっと摘んだ。

「で、あの…さっきのお話…や!やだ!…ああん!
ちょ!…アッ!止めて!今、電話してるでしょう!?」

ちょっとズレた怒り方、その台詞。
電話の向こうの敦賀の絶望した顔が目に浮かぶようで
愉悦を感じる予定が酷く罪悪感に苛まれた。

「あ、あのッ!何でも無いんですッ!…え?代わる?」
ちらりと俺を振り返る視線で理解した。
「貸せ!」
キョーコは酷く罪悪感を顔に貼り付けて俺におずおずと携帯を渡した。

「君がこんなフェアじゃ無い事をするとは…」
「フェアだ?奇麗事で自分を騙す様な真似は出来ないもんでね。誰かさんと違って俺は不器用だから…」
「彼女に手を出すな」
「逃げる様なら出さないさ」
「……ッ!」

電話の向こうで息を飲む音が聞こえた。

「俺にはもう余裕ねーんだよ…何もしなけりゃコイツはアンタに盗られるだろうが!」
「盗られるって私はアンタのじゃ無いわよ」
「じゃ、誰のだよ!」
「私のものよ!」
「うるせぇ!」

受話器ごしに聞こえただろうか
俺達の接吻が。粘膜と粘膜が接触し、
名残惜しそうに離れるその音が――

わざと音を立て離した時、頬に衝撃が走り、打たれた頬がカッと熱くなり視界がぐらりと揺れた。

「馬鹿ッ!馬鹿馬鹿馬鹿!馬鹿ショー!何も変わってないじゃない!いつも強引に振り回すだけ振り回して!」

真っ赤になった目のまま強く睨むキョーコ。
俺はあの時どんな顔をしていただろうか。

キョーコは俺の手から携帯をひったくる様に取ると
荒々しく荷物を纏めて出て行った。

【続く】






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