第十四話


キョーコのついさっきまで動いた残像の様に
空気が対流をしているのがその残り香で分かった。

「やっちまった…か?」
つい余裕も無くマジになった自分が
恥ずかしくて思わず苦笑する。

「俺様を誰だと思ってんだ…」
誰も居ない空間で強がったが予想通りむなしい。


――いつも強引に振り回すだけ振り回して!

ヒステリックなキョーコの声が耳から離れない。
苦しくさせる声だ。嬉しくさせる言葉だ。あいつは本当に――
「俺と相性が良い…」

責める言葉で俺を喜ばす事が出来るのはアイツ位なもんだ。
苦しむその断末魔でさえ強烈に記憶に残す事が出来るのは…
でも「流石に…もう来ねぇか、うん…」

全身全霊でぶつかると言うのはきっとこう言う感じ。
体の中に一滴も残らない程すべて吐き出さざる負えなくなるこの感じ。

報われても、報われなくてもスッキリ燃え尽きる。
アイツとのやり取りはいつもスポーツみたいだ。

「あんな女、居ねぇんだよ…何処にも…」
顔ばっかりで、媚ばっか売って、綺麗にほほ笑むのだけが旨くて…
女なんて所詮こんなもんだよなぁ…何て笑ってしまう程
世の中にはテンプレ通りの女が占めているのに…

這い上がってきたアイツだけが活きてた。
ぎらぎらとした生々しい感情で、人としてなりふり構わず
全力疾走出来る女なんざ…

「居ねぇんだよ、キョーコ…」
呟きながらフローリングに大の字になった。
さっきまで付いてたと思ってた電球がいつの間に切れたのか
少しばかり部屋が暗い感じがした。

「おめぇが居ねぇから…暗く感じた訳じゃねぇぞ!」
誰に、とも無く言い訳じみた独り言を発する、その残音が
俺に孤独を感じさせた。

明日から一人、か…
もうそろそろ帰ってこないねぇかな、祥子さん…

掃除洗濯を危惧した訳じゃない。
この無音の空間にずっと一人で耐える自信が無かった。

机に置いた携帯を持ち、マネージャーをコールした。

「…はい?如何したの?」
「まだ帰らねぇの?」
「そうねまだ…それより貴方は如何なの?進んでるの?」
「ああ……だからもう…」――家政婦、いらねぇや…

「明日提出できそう?」
「明日一杯までに譜面に起こしとくよ」
「そう…じゃぁ…キョーコちゃんの方には明日一杯で…って…」
「だな、頼むよ」

携帯が切れるなり自分の馬鹿さ加減に腹が立ち携帯を投げた。

「キョーコちゃん…もう来れないって言ってるんだけど…」
何て言われるのが怖かったから先に断ったんだ、俺はこんなに憶病だったか?

だったらもう明日も来なくて良いと言えば良かったのに
馬鹿だから…本当に馬鹿ショーだな。アイツは的を得てたんだ。

少しだけ期待したんだ。
ひょっとして明日…何て。馬鹿馬鹿しい。
自分が何したのか分かってるのか!?鉄壁の乙女脳の人間に。

「アイツ、下手したら子供はキャベツの中から産まれて来るとか
言い出しかねない奴なんだぞ…」

部屋の静寂が重い。

「さ、曲書くか…書き溜まってるっちゃ溜まってるけど
まあ、沢山ストックしておくのに越した事無いしな!」

ギターを抱え椅子に座り、アンプの電源を入れた。
掃除の途中で俺かキョーコが踏んだのだろうか
ディストーションが掛かって音が歪んでいた。

ハード系で行くか…一応…一応!芸能界の先輩の言葉だから
偶には聞いてやろうってもんだ。心のままに…思いの丈を込めて…。

次々と出るフレーズ…次々と出る言葉。
感情のままに…時にヒステリックに…時に懇願して…
ああ、こんなにアイツの事、好きだったんだな…と思った。
音のが正直じゃねーか…

手元のレコーダーのスイッチを押して録音。
ぶっつけ録音で心のままに雑念抜きでキョーコを想い音に馳せる。

コードC…G…A…Fで一度落ち着いて不協和音に展開。
ずっと当たり前の様に一定の距離で傍にいた俺たちの軌跡。
すれ違って、ぶつかって…また離れて…ライバルが現れ、恋を覚え追いかける。


音を紡ぐ様にうまく言葉が紡げたら
アイツはもう一度会いに来てくれるだろうか…何て邪念は
頭を振って追い返した。ただひたすらアイツを想う、想う。

一曲、二曲…結局ぶっ通しで何曲か終わった時、部屋は涼しいのに
妙に体が汗でびっしょりだった。気が付けば夕方だ。楽しい時間は早い。

いつぶりだろうか、こんなに夢中になるのは。
どうやら俺は仕事に追われ音楽が好きでこの世界に入ったのに
そんな事さえ忘れてしまってた様だ。

レコーダーを再生する。ラブソングがこんなにも恥ずかしいものとは
思わなかった。

思わずベッドに倒れ、枕で顔を抑えて悶える…が
冷静な自分は良い曲が書けた事を喜んでも居た。

恥ずかしいが、出すか?この曲…
歌う度にいつもの空々しい曲を歌う様に
俺はしれっとこんな曲を歌えるだろうか…と思いながら
手は勝手に譜面に音を書き記していた。

アレンジを何パターンか考えたり色々している内に
俺はいつの間にか疲れ切って寝ていた様で
閉じ忘れていたカーテンからは爽やかな光が漏れ、俺を起こした。

「――っしゃー!提出しに行くか!」そう自分に気合を入れ
シャワーを浴び用意をして家を出た。

祥子さんは打ち合わせらしく、彼女に追従する役割の人に
譜面を渡して事務所を出た。

久しぶりに友人と連絡を取り一緒に食事を取り
友人も忙しいらしく仕事に向かったので俺はなんとなく
時間を持て余して町をぶらついた。

途中ファン達に見つかったが何とか撒いて
気が付けばいつも行かない様なブランド通りに着いた。

別に服もいらねぇしなぁ…とかなんとか呟きながら
ショーウィンドウを眺める。

ふと見るとキョーコの好きそうなひらっひらの…
白地に甘いサーモンピンクのワンピースが有った。

「こんなの…アイツ買えねぇだろうな」と少し笑った。
通り過ぎようと思うのに足が動かない。

「アイツもう来ねぇって…」と自分に言い聞かすが
やはり足は動きたがらない。

「どうせ敦賀サンがよ…」と自分を納得させるつもりが
不意に吐いたその自分の言葉が自分を逆に動かした。

「こんな服ぐらい…俺にだって買える!」
店に入るなり店員に顔を差すが(俺は残念ながら有名だからな)
怯みそうになるのをぐっとこらえショーウィンドウを指差した。

「あれ下さい」
「サイズは如何なさいます?」
アイツの服のサイズなんて知らない俺は携帯を弄り
アイツのプロフィールを検索するとそれを伝え(勿論サイズだけだぞ!)

「それ位の子が入るやつ頼む」と告げた。
店員は何か言いたげだったが頷くと俺のカードを持って
いそいそと会計とその服を包装しに行った。

俺はちょいちょい通行人に顔を差さない様に壁を向き
その作業が終わるのをソワソワして待ってた。

店内はまるで城を思わせる作りで悲しい程ロマンティックだった。
ピンクの布が天女の羽衣の様にあちこちで色んな模様を描き
キラキラと輝くガラス細工があちこちを飾っていた。

居心地悪い…。

後ろを向いていなくても分かる。
俺は悪目立ちしている。

そらそうだろ、こんなピンクと白と銀色と
ロマンティーーックな場所にポツンと真っ黒な服着た
帽子を深く被った、サングラスまでして完全武装の男何て
目立たなかったら嘘だ、と思うから殊更居心地が悪かった。

「あのぅ…不破尚さんです…よね…」
「あ?…あー…まあ、そうなんじゃね?」
面倒くささとこんな場所で声を掛けられると言う恥ずかしさが
相まって曖昧な返事を返した。顔は見てないけど知らない少女だ。

「あの…私、すごくファンで!大好きなんですぅ!」
「…どうも…」
流石にずっと壁の方向いてるのも不自然だろうと少女の方に向き直った途端

「お待たせしました…」と店員がこれまた愛らしいピンク色の
紙袋を持ってきた。心底死にたくなった。これ、、俺が持って帰るのかよ…

「ああ…あざーす…」とぶっきらぼうに礼を告げカードを返してもらうと
さっさと店を出ようとすると何がそのテンションを上げたのか
先ほど話しかけてきた少女が俺の手首を掴んで引き留めた。

「恋人にですか!?」責める様な声が鬱陶しくて苛立った。
「あ?関係ねーだろが」
「答えてください!バイト代、全部尚の為に注ぎ込んでるんですよ!」
いつだったか鬼の様な形相でキョーコは同じ事言ったのに…
何故にこいつにはこんなに腹が立つんだろう…。

「あー、そりゃまあ…いつもありがとな!」
「答えてください!恋人にあげるんですか!?」

恋人――そう言えたらこんなに辛くねぇと心で愚痴りながら

「俺の恋人はファンだけだ…これは世話になってる人に…」
「ですよね!ですよね!良かったぁー!誰かに取られちゃったと…」
少女が安心したのか俺の手首を離すのを見計らって店の外へ出てすぐタクシーを拾い家に帰った。

いつの間にかもう夕方だ。いつもなら…いつもならキョーコが来る時間。


【続く】








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