第二話


顔が妙に火照るのはきっとさっきまで料理していたその余熱。
胸がドキドキと体を震わせるのはきっと慣れない状況のせい…

そう言い聞かせれば言い聞かせる程に焼ける様に熱くなるその胸の内はもう
誤魔化すには余りにも強烈過ぎた。



「ずっと…本当に…私はアンタを…」
想ってた。全てだった。夢だった。憧れだった。
私の――全てだった。そんな情熱の日々をすぐに忘れ去れる程
私は器用な人間では無かった。

じりじりと焦げる。想いが焦げる。
それは過去の淡い思いとは対照的に強烈に荒ぶる様な感情だった。

それを過去の想いとは言い切り難い、かと言って過去の余韻で無いとも言えない。
それに今更、二人が如何なるって言うのかさっぱりビジョンが見えない。

今更、私は前の様な無垢(馬鹿?)には戻れないし
尚も少しだけ優しくなってしまった。一歩的な関係では無くなったけど
両者足並みの揃う二人とは思えなかった。

ロマンティックに語らうの?愛してる?と確認しあうの?
さっきの様に唇を交わし肌を合わせ…愛を確認しあうの…?

感情ばかりが膨れてもなんだか想像が付かない。
それでも胸が一杯になって、以前とは違って
優しく抱きしめてくれる胸に甘えて…

それ以上何をどうしたらどうなるのか何て分からなくて
只、胸が焦げる痛みだけを持て余し、尚の表情を伺っていた。

ねぇ、アンタは何を思ってるの?
アンタの目にはどんな未来が見えているの?
ねぇ…?尚。

私は如何したら良い――?

表情を伺うつもりでもその顔形が過去を嫌でも思い出させた。
馬鹿にされたり、人が必死に働いてても無防備に寝てたり…
取り巻きに囲まれて私の事など見なかった冷たい横顔も…
振り返りもせず出て行ったあの後頭部も…あの寂しさも…

許す事が出来たなら一歩進めるのに今でも怨みは残ってる。
憎み切れたら少しは楽しいかと思ったけど心が揺れている。

心が定まらず苦しい。まるで迷子になった様な心細さに
思わず自分を抱くその細い体にぐっとしがみ付いた。

こんな思いをする羽目になった一端はコイツにあると言うのに
私はまた惹かれ始めてるなんて何て言う馬鹿なんだろう…
自分でもうんざりする…うんざりするのに…

「俺だって変わる。お前だって変わった…」
「ねぇ、尚…」

自棄になって居たのかも知れない…と言うのはきっと言い訳だろう。
私はただ衝動に駆られ憎い筈のその男の胸に軽くよじ登る様に
その口に自分のそれを重ね合わせた。

「何故…お前…」
「いっそ記憶を消してしまえたら良いのに…」
「無理な事は言…」
「尚…私…如何したら良いの?」
「あ?」


――最悪の気分よ。ドキドキするの…貴方にも――


その後はもう二人、動物の様だった。
理屈を放り投げ口づけを何度も重ね、導かれるまま床に組み敷かれた。

自棄を起こしているのかと思った。それなのに実際されるがままに
腕の下に入ってしまうと敦賀さんの顔が思い出せてしょうがなかった。

ごめんなさい…と繰り返しながら自分でその意味を分かってなかった。
ごめんなさい…と心で詫びる意味に気が付くのも怖かった。
それでもそれがこのままではいけない、と抵抗する力をくれた。

「やめて…」
思わず顔をそむけて口づけを避けるとむっとした顔で尚は私を責めた。

「アイツにもそんな顔見せるのかよ!」
「何を言ってるか分かんない!」
「本当は分かってるだろうが!」
「何の話よッ!」
「逃げんなよ!」
「逃げるわよッッ!」

完全に未知の領域だった。太ももに感じる感触とその冷気に
服が擦り上げられていると理解するものの自分がそんな状況にある事が
何となく非現実的に感じていた。

「や…止め…て…」
「アイツに盗られる位なら…」
「冗談…でしょう?」
「分かってる癖に…」

そんな行為が在ると言うのは教室で誰かがそんな話をしていたなぁ…と思う位で
遠い遠い世界の行為の様な気がしていたから理解が出来ていなかった。

怖くて怖くて思わず身が震えた。尚に怯えさせられている…と言う事が何となく屈辱で
思わず腕の下からその復讐とばかりにアイツを睨んでいたがいかんせん顔が赤くなる。

そんな事もお構いなしにアイツの舌が顎を、首を、鎖骨をはい回り
今まで出した事のない様な声が思わず口から飛び出る。

ぞわぞわとした快感が背中を撫ぜた。
うかっとすれば指先足先から力が抜けてしまいそうだった。
怖い…怖くて仕方無いのに愛撫に飛び跳ねる体が憎い。

「止め…あッ!…尚…お願…い…」
「何故突き飛ばさない…?」
「分かんない…分かんないのよ!」

「俺はお前の幼馴染か?キョーコ」
「…そうよ、大嫌いな…んぁ!幼馴染…」
「お前の中の俺は少なくともこんな事、しねーんだろうな」
「え?」

不意に水音がしたと思うと生暖かい何かが耳を撫ぜ…
体が意識もしていないのに弓なりに跳ねてしまい恥ずかしかった。

そこから正直、記憶が曖昧でただ与えられる感覚に
したくもない身悶えしていたの位は朧げに覚えている。

電気に痺れる様に麻痺する体に強烈に叩く鼓動――快なのか不快なのか最早分からず
只「分からない」と言う言葉に隠れてその未知なる快楽に身を投じていた様な気もする。

もう良っか…とも思った。私の体に一生懸命舌を這わせる尚の柔らかな髪が
優しく肌をくすぐった。荒々しく、軽い拘束をする癖に尚の仕草に優しさが見えた。

堅い床に擦れて私の頭が痛く成らない為か頭の下に引かれた手…
そして逃げようと思えば逃げられる緩い拘束に…

尚も迷ってるんじゃないか?と思った。
いつの間にこんなに変わってしまったのだろうか、二人は。
いつの間にこんなに大人になったのだろうか、尚は…。

子供の頃を思い出すとやたら掛けてくるプロレス技に
驚いて頭を打ち付けた事など何度も在った。

容赦する気は感じられなかった。
手加減なんて概念を知らなかったのだろうとさえ思った。

不意に胸元が自由になり胸と下着の間を風が走った。
思わず胸を抑えた瞬間――目が覚める様なコール音が鳴った。

音としてはそんなに大きく設定していた訳じゃ無い。
只それだけ私は思考に…この初めての体験に動揺していたのだろう。

「あ、私の…」
まだ頭が朦朧としていた。自分で何を言ってるのかと言う自覚も無かった。
尚にされるがままに身を起こされてもまだ寝起きの様なぼんやりとした気分で居た。

携帯を目の前に差し出され反射的にそれを取ると画面を見て青ざめた。
相変わらずコール音は鳴りっぱなし。取ったとしてこの状況……取るべきとは思えなかった。

「取れよ」
「ええ?」
「取れって!」
「……」

一体何を考えてるのだろう…この男は。
今まで敦賀さんから電話を掛かって来る度に
私の意味の分からない罪悪感を汲んでくれたのかずっと息を潜める様に
その存在を隠していた尚が…。

嫌な予感がした。でも鳴り続ける電話、強く唆す幼馴染。
拒絶する程の強い理由も見つからずおずおずとその電話のボタンを押して耳を付けた。


【続く】




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