第五話


心は決まっている、と思っていた。
あれだけ私を想い、エゴを押し殺してまで私の事を考えて下さってるあの人に報いる為にも意思を強く持とうと決心していた。 


けれども在るべき所に階段が無く、慌てた私は変な体勢で手すりに縋りついた…そんな感じに調子を崩した私は再び不安定なままで彼の、幼馴染の元に向かう事になった。

「お疲れ様でした。ごめんねー、忙しいのに無理言って…。お陰で曲のストックが出来たらしいのよ〜。急で悪いんだけど…」
「…えっ?えっ!?」
「もう一人で大丈夫だから…って…」

私はきっと消化不良のまま会える機会が無くなるのが怖かった、と言うのは多分本音。

…いえ…ひょっとして建前…?ただ漠然とした肩透かし感と寂しさの様なものがじわっと胸に広がるのを感じ気がついたら私は…

「あの…あ…えと…」
「ごめんねぇ、スケジュールも乱れるだろうけど…」
「あ、いえそうじゃなくて…」
「うん?」

「あ、あ、さっき。そう!さっき尚から電話、かかって来て…やっぱり来てくれって…」
「………」
「何か…あの…乗ってるからもっと作りたいらしくてその…」
「…あの子の我侭は今に始まった事じゃないけどね…貴方も苦労するわね…」
「…は、い…」
「じゃぁ…引き続き…」
「はい…」

――そんな嘘を付いていた。罪悪感が酷い。


如何して付いたか、何て分かる様な分からない様な。
私はよく突発的に動く時が在るので自分に振り回される事が多かったけど
何となく今回は対処の方向性がぼんやりしてる所為か電話を切った後も暫く携帯を眺めては不安がどんどん心の底に溜まって行くのを感じていた。

不思議と祥子さんが尚に電話を掛け私がこんな事を言ったと確認を取る時点で尚が「俺、言ってねー!」何て言う気が全然しなかったのは彼の想いを知ったから…なのだと思う。
人の想いを利用する何て最低な事だと思ってたしそう言ってずっと彼を責めていた私が…

「これは…報復よ!された事を仕返して何が悪いの!」
そう声に出して言うと少し心がすっきりしたけど虚しくもなった。

折角敦賀さんに引き上げて貰ったのにまた私は迷子になり始めている。
きっと考えれば考える程深みに嵌って周りが見えなくなるパターンなのかも知れない。

だったら行動在るのみで、私は今から学校へ行き、帰りに尚の家で家政婦をしたら良いだけの話で。それ以上の難しい事は今日は先送りにしようと、そう思って家を出た。


***



気が重い。足が重い。頭が痛いの三重苦。
私は結局悩んだまま一日を過ごし答えが出ないまま時を過ごし
結果、心の定まらないままいつもの通り幼馴染の住む家に着いた。

「うぅ…」思わず唸るが自分の選択だから八つ当たりする所も無い。
暫くその建物を眺めていたが意を決して動かない足を無理やり動かしてそこに入った。

エレベーターの動く音が何故か妙に気に掛かる。妙に神経質になっている様だった。

『演技でも何でも好きな様にやれば良いよ、答えが出るまでしっかりね』
『何が芸の肥やしになるか分からないし、意固地になって人生を狭めるのも駄目』
『ずっと見守っているから思う存分傷ついておいで』

――最後の一線は…

超えない。決して超えない。裏切らない。
そう呟きながら彼の言葉をまるで何かの経典の様にぶつぶつと繰り返していた。

エレベーターが目的の階に着いた。私は思い切り深呼吸をして腹の底で気合を入れた。

逃げずに、頑なに成らずに、柔軟に、問題に立ち向かう。最後の一線は越えずに…

敦賀さんの教えの概要を並べ立てながら一歩一歩まるで先頭にでも行く様にしっかりと足を踏みしめた。

扉を開けるなり酷くシリアスな顔で考え込んでいた尚の表情が目に飛び込んできた。多分、こんな顔をさせているのは自分なのだろうと思うと心に棘が刺さり痛かった。

「何で来たんだよ…」
「……」
「また襲われてぇのか?ああ?」
「違うわよ…」

「じゃあなんなんだ!」
「え…と私…えと…そう!そうだわ!そもそも演技の練習になるって事で
この仕事引き受けたのに…ほらっ!何も得れなかったし…任務だって完遂して…
ない…からさッ!」

自分でも悲しい程、苦し紛れに並べた言葉はうそ臭かったから余計に動揺して目が泳いでしまう。

「だから嘘ついて…電話なんて俺、掛けてないし…」
「ほ、ほら!仕事ちゃんと出来てないって私、気にする性質だし…」
「だからそれは…」
「嫌なら帰るけどね!別に仕事が中途半端だったから心残りなだけで…」

私は尚が断らないのを知ってる。知っててこういう事を言っている。
その攻め立てる様なやり取りに罪悪感を継続させながらも何とか虚勢を張って強く出た。

「当初の依頼を果たすなら恋人役、だぞ?出来んのか?」
「…あ、、出来る…わよ」
「…やってみろよ」

尚に言われて思い出したのは当初の目的。そして敦賀さんの言葉。

『演技でも何でも好きな様にやれば良いよ、答えが出るまでしっかりね』
『何が芸の肥やしになるか分からないし、意固地になって人生を狭めるのも駄目』

逆に私が叶えられなかった過去をここで叶えてしまったら未練など残らないのかも知れない、と思った。

でもそれは酷い行為だと思ったが…尚だってああ言ってるし、とか演技の肥やしに成るかも知れないし…とかそんな雑念で良心を丸め込む様に私は頑なに警戒するのでは無く未だ残る未練の導くままになってみようと決意した。



【続く】







【続く】



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