俺の衝動


キョコとの話し合いを終え
数日経ったある日の蓮



*** 


「何か悩み事でも在るんじゃないのか?蓮…」


見慣れた背もたれの高い椅子がぎしりと揺れ椅子が180度回転しその声の主が姿を現した。
真っ赤なビロードに大げさに金糸刺繍の入ったマントを広げ立ち上がる。その出で立ちの派手さに対し、いつもの如く俺は言い知れぬ疲労感を感じていた。

「はぁ…特に…」
「視線が遠い!」

指を突きつけられた額がじわりと暖かさを感じて思わずその手を振り払った。


「何を勘ぐってるのは知りませんが俺も大人なので色々在ります。そんなの、いちいち世話にはなりませんよ…」

「良い大人…ねぇ…?」意地の悪い顔をして首を傾げ彼は笑った。
「つい最近まで恋すら知らなかった大人≠ヒぇ…?」
そう執拗に問われ俺は思わず赤面する顔を彼から背けた。

「なぁ蓮よ…からかってる訳じゃないぞ?ただ…」
「それは嘘ですね」
「まあ、からかってるが…それ以上に心配もしている」
「だから俺だって…」
「役者として芸能界で生きる事ばかり考えて生きてきたせいでプライベートが空白なお前だ。

一般人よりも脆弱な部分がある。そこを心配して…」

「要するに最上さんとどうなってるのかが聞きたいのでしょう?」
社長は口の端で愉悦をかみ殺しながら「いや、別にそうでは無いが…」と
彼らしからぬ歯切れの悪い前置きをして「まあ、アイツも心配してたから…」とか何とか言って頭を掻いた。父の事を指しているのだろう。

「お二人の酒の肴になるのはまっぴらごめんです。用件はそれだけなら…」
「酷く苦しそうだが乗り切れるのか?」

席を立ち彼に背を向けたままぴたりを歩を止めたのはきっと自分の心に迷いがあったからだろう。
迷いを振り切る様に振り返り、問いを投げてきた本人と対峙した。

「乗り切れるも何も…いつだって確信あって道を漕いできた訳ではありません。
道が拓ける事を信じてその時のBestを尽くして来ました。これからも俺はそうやって歩いて行くんです。ただ、それだけです。」

社長は黙って頷き、俺から更に言葉が出るの待っているかの様にじっとこちらを見た。
「…ご存知の通り彼女は不破君の所へハウスキーパーに行っています。
そして俺とは特にと言う進展も在りません。ただ、少し二人で話をしたんです」
「…ほう…」


以前の俺ならこう言う話は名言を避けていたかも知れない。
敦賀蓮として成る為の状況作りと言う実用的な意味も大いに在ったけれど

結局の所、過去を引きずり父や母や世間に対して頑なに拒絶していたからなのだと最近やっと分かる様に成ってきた。
父に会って、ずっと一人じゃ無かった事に気がついてやっと地面に足が着いた様な安心感を得て


――少しずつ自分の中で何かが解ける様に変わっていくのを感じていた。



まるで自分の子の様に心配してくれる社長に(父が「状況を聞き取ってくれ!」とでも頼んだのかも知れないが)対して少し位、自分の決めた未来を話す位は良い
…自然とそう思えたのはきっとからかい口調と態度ながら彼の目が決して茶化してなど居なかった様に見えたからだろう。


「彼女は俺を好きだと言ってくれました。過去に囚われているとも。だから俺とどうなる事も出来ないと――」
「…振られたのか?」
「さぁ…」
「さぁ…って…」

妙な表情をしている社長に思わず噴出すと彼はより一層怪訝な顔をした。

「いえ、ただ俺は待ってると言ったんです。だから逃げずに対決しておいで、と」
「…で、彼女は…?」
「俺の元へ必ず帰ると言ってくれました」

社長の目がキラキラと輝き、その派手なマントの掛かった両腕を
まさに今俺を抱きしめんとばかりに伸ばした。


――気持ち悪いので払った。


「つれないな…喜びを分かち合おうとしただけじゃないか!」
「別に何がどう進展した訳じゃ無いですよ…」
「これこそ愛、きっちりと結ばれた絆じゃないか!…まあ、期待していた展開とは違ったが…」
「何を期待してたんです?」

「不破君とお前の最上くん引き大会!いや、正直あの仕事請けた時に三人の関係に一石を投じられたらと思って…」
「期待していた筋書きをお願いします」
「不破君に捕られそうになって焦った蓮が猛アタック。放送コードギリギリで…」
「残念でしたね…」

ギリギリで社長の思惑通りになるのは回避出来た訳か…と思わず苦笑いをした。

「エゴを通して彼女を傷つける様なマネはしませんよ。それで無くとも愛情に疎い彼女だから余計に。彼女のペースも俺のソレも壊さずに一緒に生きたいので」

「うむ」
「何かから顔を背けると言うのは自分の中に脆弱な空白が出来ますしね。
将来的に仕事に支障が出てもいけませんし、きっと彼女は良い女優になると思うので
その辺へも配慮して…」


社長の言葉に対する意趣返しも含め話をした事に気がついたのか
彼は愉快そうに笑い「そうそう」と頷いた。


「とりあえず今は黙って見守ってください」と頭を下げると
彼は「そうか」と笑い帰って良し!とばかりに出口を開けた。


俺は社長に背を向けて歩くと先ほどまで少しどんよりと重たかった心が
少しばかり軽くなった様な気がした。



 

そうだ、俺はそれで良いんだ。
苦しくてもそう言う愛し方をしたいと思ったんだから。



***







夜、社長室にて




「もしもし、クーか?」
「ああ、ボス。如何したんだ?」
「いや、子供子供と思ってたが成長するもんだと思ってね」
「何か在ったのか?」
「いや、今日な…」







【END】





結局酒の肴にされた、と言う。







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