第一話



握られた手から消えない温もりが私に侵食する。
ぞわぞわと背筋を撫ぜ、冷やされる様な不快感に包まれ私は

もう二度と…思い出したくない映像を奥歯を噛み締めて思い出していた。

一度知ってしまえば無垢には戻れない、もう二度と!
あんなに煌々と私の中で光っていた思い出達は
かつて大切であった事すら忌々しく
今となっては消したい汚れにしか思えない…

あれから大人になったと思っていた。
あれから大人になろうと思っていた。

でも結局進歩している気だったのは錯覚で
また馬鹿の一つ覚えの様に…同じ繰り返しをしようとしているのだけれど

結局の所、知ったものは知らなかった事には出来ない。
心の何処かにある「あれはあれで楽しい日々だった」と肯定する気持ちを無視する様に目を閉じて私は…

…開いた鍵を…もう一度硬く硬く閉めてしまおう。

手を擦り合わせて今だ手に残る感触だけでも消したいと努力する。

せめて手が千切れそうな程強く握られたのならその感触はすぐに消えたかも知れない。
いっそこの手が乱暴に振り切られた方が幾らかマシだっただろう。

優しく、温める様に握られたその手からその感触はなかなか消えてくれなかった。

これからの事を思う…モー子さんにも指摘された様に
私は…衣装以外の事でパーティーに出たくない。


…正しくは逢いたくない。

今、こんな気持ちを持ったままで私はあの人に逢いたくない。
モー子さんにもバレた位だもの…

きっとあの人には近づいただけで気が付かれてしまう…

馬鹿みたいに「敦賀さんが好きです」なんて言うの?私は。
どうせバレてしまうなら自分から…腹を裂く?

「また馬鹿の様に遠い存在である貴方に恋をしました。でも
すぐ調整します」――またあんな馬鹿馬鹿しい失態を冒さない様に…

笑い飛ばして貰おうか…あの人は私の「夢に慢心する私」を認めて下さってるもの…

きっと顔をしかめて不快な顔をして…お母さんが私に嘗てした様に…。手を…振り払われる…?
でもきっと調整する、と前向きな対処を示唆したら…

恋は怖い。人を求めるのはもう怖い。
ほら、もう私はあの人のご機嫌ばかり伺って…
嫌われはしないかと…そんな不安で縛られてる。

もう不自由は嫌。私は私で在りたい。私はもう…
自分を見失って気が付けば背筋が冷たくなる様な喪失感の中…
もう二度と味わいたくない、あんな思い。

パーティーは出席しよう、制服で…
正し、役をちゃんと固めてから…。

演技で頭が一杯な高校生…
敦賀さんと言う先輩を尊敬してやまない一女優…
そして恋愛など遠い世界とちゃんと理解した…修行者たる私…。

この胸の中で蠢く波紋が収まるまで…
私は【役】の中に居よう…。



***


ガヤガヤとした会場に気後れしつつ私は…そっと足を踏みしめた。
想像したより少し地味に感じたのは以前あのヒトが用意してくれた誕生日が
常識を外れた会だと確信する様な派手さを持っていたからだろう。

ごみごみした人影が私を安心させた。
いざとなればこの人影に紛れてしまえば良いと思えたから。

いざとなれば…


私はさっさと【役】に篭ってしまおう。


…【自分の殻】に篭ってしまおう。


さあ目を閉じて…


もう自分を見失わぬ為に…



私は女優。もうそれだけで良い…。




【続く】





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