第二話




豪華な衣装に身を包んだ大御所達は
日頃仲睦まじい雰囲気さえ醸し出さない組み合わせでも
長年の親友の様な顔をして軽い冗談を挟みながら
お酒を酌み交わし…

中堅に位置する様な方々はそんな方々のマネージャー宜しく
甲斐甲斐しく給仕紛いの事をしていた。

「ウェイターさんはちゃんと居らっしゃるのに…」
お仕事なくなっちゃうじゃない…と思わず呟く私にその言葉、キョーコちゃんらしいけど…
と前置きをして隣に立つ百瀬さんは話した。

「立身出世の為よ。上の人間に使える人間だとアピールしなきゃ…
大御所さんの口利きで仕事が貰える事も有るもの…キョーコちゃんには
必要ないとは思うけど…」

彼女の言葉には悪意は感じられないけど…
その言葉をどう受け取って良いのか分からなかった私は
ただ曖昧に笑って目を逸らした。

百瀬さんは多分、敦賀さんと私が仲の良い事で自然と敦賀さんの事を見ていた人が
私をも視野に入れるからもう自ら必死になって発信しなくて良いよね、と
そんな他愛もない話をしていただけなんだと思う。

彼女の中には少なからず共演者キラーたるあの人への思慕が在る訳で…
それが尊敬を多く含むとして何となく彼を目で追ってしまうのは必然な訳で…

そうしたら私が映ったのだろうと容易に想像が付いたのは
きっと…立場を同じにしてしまっているからだろう。

私は逢うのを恐れながら、役にも入りきれずに
目はどんなに他の事を考えようとしても何処にも視点が定まらないままだった。

無意識に探してる…彼の事を。
馬鹿みたい。馬鹿みたい。馬鹿みたい…私。


涙が出てくる。


「どうしたの?キョーコちゃん…」
百瀬さんがこちらを見る。
「…キョーコちゃん…」
緒方監督も心配そうにこっちを見た。

彼らの顔を見ようと首を回したのが悪かったのか
涙がポトンと落ちて手に持っていたジュースのグラスに波紋を広げた。

「ちょっと…お手洗いに…」
「一緒に行こうか?」
「ちょっと心を整えてきます」

取り繕うべき言葉が見当たらなかった私は真っ直ぐにありのまま言うしかなかった。
百瀬さんは胡乱に返事をしたまま考え込み、「…喧嘩したの?」

何処に考えが到ったのか百瀬さんは酷くバツが悪そうに私にそう耳打ちした。
そうではない。只私が勝手に…

「何もないの、本当に何も無いのよ。心配してくれてありがとう」
そう私が勝手に辛がってるだけなんだから…

産みの苦しみよ。この無限回路から抜けるのよ、私は。
どんなに痛みを伴おうともこんな茶番の繰り返しはもう二度としたくない。


「お手洗いに…行って来ますね」
二人にそう告げると二人は顔を見合わせて
「…うん…」と心配そうに頷いてくれた。

人ごみを掻き分け、壁伝いに出口へ向かい通路に出る。
ふかふかとしたカーペットの引かれたそこは酷く不安定で
この靴でないと私はきっと転んでしまうわ、何て如何でも良い事で気を紛らわせながら
私はお手洗いを目指すべく視線を天井へ向けた。

青と赤の擬似人間マーク。
トイレへの道筋が書かれたソレは10m程先に在った。

踏みしめると柔らかく沈むソレに違和感を感じながら
私はゆっくりと…なるべく優雅に目的地へと歩いていった。

――女優たるもの歩き姿も意識して…ね?

どうしてこんな時にあの人の声を思い出すのか…
胸が苦しくなって酷く不快だった。

――また人前でそんな顔をして…

胸が苦しくて涙が止まらなくなる。

――ああ…本当だ――

やめて!

――凄く…勇気が――

やめてやめてやめて!もう…
私は…敦賀さんのお傍には…


もう…


居られそうもない――


【続く】






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