第十九話



「そう言えば最上さん?」
「そう呼ぶんです?」




「え?」
「敦賀さんは最上さんで、コーンは…昔はキョーコちゃんと…
今となってはどちらでお呼びになるのかと…」 
「君は【ちゃん】付けで呼べと言うのか?」
「そんな年では無いですよねえ」
「じゃぁ…キョーコ……」
「それは心臓が壊れそうになるので辞めて下さい」

「キョーコ……」
「いやぁぁぁぁぁ!」

わざと耳元でそう囁く彼に思わず赤くなる私。

「最上さんで!」
「キョーコ…」
「ドSですね!」
「SでもMでもお好きな方を……君にはこの方が合いそうだ」

笑う彼を睨む私。

「意地悪ばっかり言うと嫌いになっちゃいますからね!」
「嫌いじゃ無かったのか?」
「無いですよ?」
「嫌いじゃなかったら何?」

「………」
「寂しいなぁ」
「推して知るべしですよ!」
「恋愛モノの仕事が来たら如何するんだ…」

「貴方が相手じゃなかったら幾らでも言えますよ…」
「…へぇ?」
彼は酷く嬉しさを噛み締める様に笑った。それが酷く癪に障った。

「敦賀さんなんて大嫌いですッ!」
「大好きにしか聞こえない」
「もーーーーーーーーっ!」

居た堪れなくて席を立とうとする私の手を急に掴んで引くものだから
私はベンチに座る彼の膝に跨る様な姿勢になって
その姿勢にすら赤くなる自分に酷く腹が立った。

「…昔、不破にしか呼び捨てを赦さないとか言ったから…」
彼はそう呟いて子供の様にむくれた。

そんな大人気ない様子の彼を初めて目にして…驚いて…
気がついたら抱きしめていた。彼の腕がきつく抱きしめ返す。

抱きしめ、抱きしめられると言う温度交換。
酷く安心して、疲れを思い出したかの様に体が重たくなり…
不意に眠気が襲ってきた。

昨日、緊張の所為で良く眠れ無かった所為だろう。

「温かくて寝てしまいそうです」
「寝れば良い…」

不意に背中に直接その温かい手が滑り、くすぐったさに力が抜けたと思うと
胸元が開放され…

「いやぁぁぁぁぁ!」
「寝るならこれ、苦しいだろう?」


――行 き 届 き 過 ぎ な ん で す !


「…大体ッ!今日からなんですよ!」
「何が?」
「何がって…」

彼は私が言葉に詰まるのを知ってこう言ってる、絶対。
負けず嫌いの私はそんな彼の意図が見えるからこそ
恥かしくても…是が非でも言わないといけないと思った。

「二人の愛の日々ですよ!」

無理矢理ひり出した言葉は自分の想像以上に
ロマンティック過ぎて恥かし過ぎて死にたくなった。

「愛の…ねぇ…?」
「………」
「愛の何たるかを君は知ってるのか?」
「……知りませんけど…」
「……俺も良くは知らないなぁ…」

絶対知ってるだろうと突っ込みたくなる様な
白々しい顔だった。

「よくご存知かと…」
「いや、まだ良く分からない。だから二人で勉強しないとね?」

私の第六感は「逃げろ」と言ってたけど…
偶には自分を裏切ってみるのも面白いかも知れないなんて思った。






私は『私』を楽しみ始めた、そんな日々の始まりだった。



【終わり】

一応この話を引きずって出た話は在るんですが
内容的に表には晒せない内容なのでブログに鍵掛けて置いてます。






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