第十八話




「……ああっ!」
「役作りが足りないなぁ…」 



意外な方向転換に振り回され、どこを言い訳して良いのか分からなかった。

「…心配掛けたね…」
「いえ…」
「色々と、ごめん」
「…私も…すいませんでした」

彼は私に手を差し出すと引っ張り上げてベンチへ座らせた。

「もう仕事以外では避けられてしまうと思ってた」
「避ける所でした…けど…」
心の何処かでまたお逢いしたいと思っていたのも本当。
こうして話せて心が高ぶっているのが何よりの証拠だった。

それでも 彼を目の前にすると自戒を容易に破綻させた罪悪感が邪魔をして
言葉が出なかった。

あんなに剣幕で松に食ってかかっていた事さえ今になっては悔やまれる。
それでも目を逸らして彼に拒絶を記す事は如何しても嫌で
只じっと…彼を見つめる事しか出来なかった。

風が二人の間をすり抜ける。
彼もまた言葉を捜している様だったがそれが形となって出て来る事は無かった。

不意にモー子さんに書いて貰い、尚に読ませたメモの存在を思い出す。
坊の衣装から何とか抜け出し、それを敦賀さんに渡した。

「私が好きでは無いなんて根拠も無いじゃ無いですか…」
「あの時傷ついた顔をしていた…」
「私は只、混乱して…」

読み終わったのか彼は私に視線を戻した。

「俺は俺だよ…取り繕える余裕も無かった」
「私…ずっと怖かったんです」
「ごめん…」
「そうじゃなくて…」

私は俯き、無意識に顔を見られる事を避けた。
彼はベンチから滑る様に地に跪き私の手を取りながらそんな私を覗き込んだ。

「君が俺を分からない様に、俺も君の全てを知っては居ない」
「はい…」
「だから俺達はもっと時間を重ねるべきなんだろう…」
「はい…」

「今までの俺だって俺だから」
「はい…」
「今までの君だって君だから」
「はい…」
「変革の時は誰だって不安なモノさ。水に入れた泥は
掻き混ざって濁る事も在れば時が経って澄む事もある」

何故だろう…まるで魔法にでも掛けられている様な気分だった。
不思議な感覚が私の涙腺をまた緩ませた。

「俺だって正直、不安ばかりだ。でも悪しき日も素晴らしい時も
君が居てくれるなら…」
「罪悪感で心が潰れそうです」
「過去に潰れる位なら潰してしまえ」
「鬼ですね」

「鬼から逃げるかい?」
「受けて立ちますよ」

彼は笑い、私も笑った。

「それってつまり…?」
「聞かないで下さい!」
「…じゃぁせめて手付けを…」

そっと近づいて来る気配と温度を感じて…なんだか無性に
されたままになって居るのが恥かしくて、悔しくて…


そのワイシャツをぐっと引き寄せた。


好きだ何て私らしく無い。尊敬してますなんて伝わってる。
怖い人だなんて周知の事実。

言葉を介して理解し合える程、私達はきっと器用では無いんだろう。
だからこその『キス』なのだと脳の端で思ったなんて…


…言葉には出来ないけど…。



【続く】






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