過密なスケジュールなんて日常で
特別その事に不満は無いし、体調もそれ用に整えてる。

それでも少しばかりの無理が祟って不調に成る事もある。
何処か冴えない顔をしていたのだろうか、敏感に察知してくれる
有能な我がマネージャが気を利かせて持ってきてくれたお菓子が最初だった。

黒い木箱に並んでいたのはパステルカラーのドラジェ。

「甘い物嫌いだろうけどさぁ、いつもブドウ糖では味気ないだろうと思って…
ここの美味しいらしいよ。ほら、飾りも綺麗だからもし蓮が食べなくても…ね?」

含みの在る顔で笑った。彼はからかってるつもりだろう。
これでも少しはマシになった方だ。初めはもう酷いものだった。

俺の一言一言に泣いたり、笑ったり、赤くなったり、青くなったり。
情緒不安なのかと心配に成るほどで。

彼には苦労を掛けたと思うけど、このまま黙って鞄になんて入れるものなら
冷やかしは更に酷くなるだろう。それはとても……嫌だ。

「在り難く頂きます」
「あれぇ?てっきり家に待つカワイコちゃんの為に丸ごと持って帰るかと…」
「俺の為に気を回して下さったんですよね?」
「蓮、もしくはキョーコちゃんの為に気を回したんだよぉ?」

にやにやと気持ち悪いマネージャーだ。
俺は憮然として「お心遣い、痛み入ります」と棒読みをした。

「出来る役者が棒読みに成る程喜んで頂けて光栄だよ」
そう言うと俺の前の机にミネラルウォーターを置くと
財布と手帳だけを持って控え室の外へと出て行った。

一つ含んだお菓子は甘いながらにさっぱりとしていた。
一つ、二つ、三つ…気が付いたら残りは三つになっていた。
自分でも思う以上に疲れていたのだろうか。

残り三つを眺めているとマネージャーの思惑通りに成る様で腹が立つが
家で待っているだろう彼女の顔が浮かぶ。

卵型のパステルブルーの粒に描かれた白い天使。

きっとこんなの見せると喜ぶだろう。
彼女の好みど真ん中、だ。

手の平で泳がされると云うのは不愉快なものだな、と
口の中にもう一粒入れて悔しさをぶつける様に噛み砕いた。

そっと木箱を閉じ鞄に入れる。
少し空間の大きすぎる所為か
二つの小さな粒はしばらくコロコロと楽しげな音を立てていた。

そして撮影をこなし帰路に着く。

「お疲れ様でした」とマネージャーの家の前で声をかけ
ブレーキを掛けると鞄の中の粒がまたコロコロと鳴った。

「やっぱり残したんだね」と彼は笑い
俺は苦笑し、同じく疲れているだろう彼に
「社さんもゆっくり休んで下さいね」と声を掛けた。

背中が小さくなるのを見計らって俺もアクセルを踏み
帰路についた。

玄関の扉を開けるとその音に気が付いたのか
「お疲れ様でしたー!」とまるで子犬の様に小走りに駆け寄って
俺の手から鞄を取った。

かつて俺がその仕草を「まるで夫婦の様」だと笑うと
「マネージャーの様だと言ってください」と真っ赤な顔で訂正された事が合った。
彼女なりの照れ隠しだろうか。

「何を食べてるんです?」
俺の鞄を持ったまま背伸びをして俺の口を覗き込む彼女に
そっと口移しでそのお菓子の欠片を食べさせた。

赤面しながらも口の中に入ったソレを味わって
「美味しいッッ!」と歓喜の声を上げる彼女に
ああ、可愛いな、如何してやろうかな…もう彼女丸ごと喰ってやろうかな、
などと思ったけど口に出すと変な警戒をされるのでただ無表情にその幸せそうな顔を見ていた。

「珍しいですね、敦賀さんが甘い物を…しかも食べながら帰って来るなんて…」
そう言いながら俺の持つ鞄を覗きんだのは矢張り残りを期待したからだろう。

「ごめんね、全部食べてしまったよ」何て言いながら
鞄の中から木箱を出してコロン、と言う音をわざとさせると
「あ、何か入ってる!」何て子供の様に反応する彼女の頭を撫ぜ
「ばれたか…」と笑ってその箱を渡した。

「きゃぁぁぁ!可愛いぃぃ!!」
箱を空けたのか彼女は歓喜の声をあげた。
それを背で聞きながら俺はリビングに入りジャケットを脱ぎ
シャツのボタンを外し楽な格好になった。

「食べても良いよ」
「勿体無くて食べられないです!でも…美味しかったなぁ…」
「また持って帰ってきてあげるよ。食べると良い」
「やったーー!」

そっとそれを手の上に乗せて一頻り色んな角度で眺めてから
彼女はそれをそっと口に含み噛んだ。
「やっぱり美味しい!こんなの食べた事無いです!」
「それは悪い事したね。もう少し残すべきだった」
「でもこういうの食べる気になるほどお疲れになってたんですね?」

そう言って俺の額に手を当てると心配そうな顔をしたけど
「君の顔を見たら治ったよ」と言うと
「…そう言うの居心地悪いです」と真っ赤な顔で彼女は怒った。

それが切欠で俺は一週間に一度そのお菓子を買って帰る習慣が出来た。
箱には何のロゴも入ってなかったから恥を忍んでマネージャーに
売ってる店を聞き出して。

「幸せを分けて欲しくてさ!」なんて彼は笑って
あの時俺に渡す前に購入店の包装紙まで几帳面に取ってたんだから
本当に彼は性格が悪い。

「知りたいって事は喜んでくれたって事だよね?」
「社さんの計算通りですよ…」
「計算通りなんて…蓮は変態だな…」
「どんな計算をしてたんですか!普通に喜んでましたよ!」
「冗談だよ、冗談!」

本当に彼には困るのだがそれから毎週の様に時間の無い俺に代わって
お菓子を用意してくれる様になったのも彼だから余り文句も
言えたものではない。

いつも彼が用意してくれるのは一箱。
ピンク、シロ、ブルー、イエローの淡い色彩が9個入っている。

このまま持って帰るとさぞかし彼女は長い間
眺めたり、食べたりして楽しむんだろう。俺の居ない時間に…
それでは意味が無いんだ。

だから俺は一週間に一度、7粒だけ甘い菓子を食べる。
いや、正しくは7.5粒。決まって0.5粒は家の扉の前で口に含む。
残りの0.5粒を彼女に食べさせる為に。

「ただいま」
「おかえりなさ…ああ!もぐもぐしてる!」

そう言って背伸びをして俺の口を覗きこむ彼女に
まるで決まった儀式の様に口移しの半分こ。

そして歓喜の声の後、鞄を覗き込む彼女。
もう全部食べたと嘘を付く俺に未練がましく鞄の中を覗き込む彼女
そして背に隠してた俺の手に気が付くと目を輝かせる彼女に「ばれたか…」と笑う俺

そしてたった一粒に食べるか如何するか迷う彼女に
「また社さんに頼んで用意してもらうから」と食べる様に誘惑する俺


そのやり取りの中に在る安らぎは甘い物を無理して食べる
その少しの苦痛を引き換えにしても余り在る程に価値が在る。



だから俺は…




【終わり】




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