第四話


張り詰めていた空気が揺らぐ まるでそれは彼女の心の様に
迷い 恐れ そして心の隅にある渇望が頭をもたげる。
もう限界だった。孤独も復讐心も研究への熱意も持て余して
その小さな体に押さえ込んでしまうには余りにも大きかった。

自分をきつく抱くキョーコから、ぬくもりを感じながら女は思う。
……疲れた…もう…このまま・・・

その瞬間、思い浮かんだのは父の顔。裏切られ、絶望に満ちた、大好きだった父の…。
揺らいだ気持ちが引き戻される。何を今更…もう自分には戻るべき道など無いというのに。
そう、時は既に遅いのだ。今更進んだ針を戻すことなど出来ないのだから。

女は自分を抱きしめていたキョーコのもう片方の腕を取ると、後ろ手に縛り上げる。

「人間なんて…信じるに値しないと何度も…何度も!!所詮愛だ信用だなんて…只の錯覚…」

黙って自分を真直ぐ見据えているキョーコに続ける女。

「人の気持ちなんて、薬でどうにでもなるのよ。
…でも残念だけど彼、私は好みのタイプではないんですって…だから………」
キョーコを蓮に向かわせ上着をめくり、ブラウスのボタンを外していく―――

「彼女に手を出すな!」薬で朦朧とした意識の底から叫ぶ蓮

女はキョーコの頬から首筋、ムネに指を這わせながら、
「あなたの尊敬する敦賀捜査官だって所詮、ただの卑しい男なのよ…」と言いつつキョコのブラを外して
ずらして胸をあらわにさせる。
「やっぁ!」羞恥に顔を赤らめるキョーコ。
「白くて綺麗な肌…、それになんて可愛い胸…。」
そっとその胸の輪郭に手を沿わずとまるで見せ付けるようにその肉を揉みしだき
その首筋に舌を這わせる女。そして感じた事の無いその感覚につい漏らしてしまう声

「やぁ…やめっ!!…っあ…やめて!!…っく…」

触れられた事のないその胸の頂を指で弾かれ体が跳ねる。
その自分の反応が恥ずかしく 捜査官から目を反らすキョーコ

「止めろ!そんな魅力もない女に興味などない!」彼女の意識をキョーコから反らそうと叫ぶ。
「そうかしら?ずいぶん説得力のない言葉のようだけど?」と笑いながらはち切れんばかりに
反応している蓮のモノに視線を落とし吐き捨てる。
「興味など……」蓮の言葉に傷ついて、女の言葉に気がつかないキョーコ。

(馬鹿ね、私…。自分がどう見られているかなんて、嫌って程分かってるのに…なぜ傷つくの?)

「ほら、男なんて…所詮人なんてこんなものよ?」と言って、キョーコを見る。
その先には、自分を見つめるキョーコの瞳が。

こんな目に遭いながらも激しく抵抗するでもなく、自分を変わらず優しく見つめるキョーコにいらつく女。
「もっと抵抗するなり、私を責めたりしたらどうなの!?」
「だってこんなことしても、貴女は傷ついているでしょう?心で泣いている貴女が見えるもの…」

その時、女に蘇ったのは彼と過ごした最後の夜の時間。自分で仕向けた事なのに心が引き裂かれたあの――。
あんな気持ちは二度と味わいたくないと思った。だったら心を殺してしまえばいい、と思った…。
実際殺せたのだと思っていた。それなのに、まだ傷ついている自分の心に驚く女。

動揺して思わずキョーコから手を離すと、再び同じ…彼女をグッと抱く。
そんなに抗わないで…そんなに怖れないで…そんなに…そんなに……

「もうこれ以上…傷つかないでいいから…」

決壊しそうな心はこの始めて逢う少女の少ない言葉と
その体のぬくもりで(易々と)はち切れてしまった。
もう何年も自分はこんなコミュニケーションすら取った事が無かった事を
今更ながら初めて気がついた。忘れていた、彼と離れてから…

人の体温はこんなにも心を穏やかにするなんて…(そして、溶けていく女の心)
しばらくキョーコに抱かれていた女は、やがて拘束した彼女の手を離す。

訳のわからないという顔をしてこちらを見る少女に言う。
「…あなた大した娘ね。もういいわ、私の負けよ。」と苦笑する。
「それに、アイツに復讐出来れば十分だったの…。元々関係の無いあなた達をどうこうしたって、しょうがない話ですものね…」

「さぁ、ボーっとしてないで捕まえてちょうだい?新人でも手錠位持ってるでしょ?」
「あの…いえ……何故だろう…と思って。」
「え?」
「何故同じ研究チームの人々に…?」

「あぁ…言わなかったわね。あの会社なのよ。社長…。父の研究を盗んでそれを元にここまで成り上がった…。許せなかった。彼の所為で父は…
会社が大きいだけに真っ向から勝負かけても…ねぇ?大男をダウンさせる方法、貴方警察官なら習ってるでしょう?」

「アゴを揺らし…脳に衝撃を…」
「そう、最も有能なブレーン達を役立たずにしたら…会社も傾くわ。あの研究チームの面々は経営の部分でも活躍する会社の中枢を担う人の集りだったから。
それに…社員が人体実験を…何て明るみに出たら会社の信用も失墜するだろうしね…」

「その為にあの会社に?」
「そうよ。他にお誘いも多々あったけど、私を支えてるのはもう憎しみしか…無かったから。
その為に会社に貢献してたわ。父を殺した奴の会社を盛り立てたわよ。身を切る思いでね。
父がよく話してくれてたの奴の話を。親友だって、ライバルだって、
でも気の置けない大切な人なんだって!!父は奴を!あんなクズを!!信じてたのに!!」

唇を噛む彼女をまたそっと抱きしめるキョーコ

「信じるって……何でしょうね?私にも解らない。解らないけど、裏切られても…何度裏切られても信じてしまうものみたいです。人間は愚かだから…
そこが人間のいい所かも…何て、最近思うんです。また、突き放されて痛い目見るかも知れませんが、信じてる間だけは孤独から離れられる…そんな風に思うんです。」

なにとは無しに捜査官の方を見るキョーコとその姿を見る女

「…離れられる…そう…貴方がもう痛い目に逢わなければ良い…何て思うのは貴方の事を少し信じてしまいそうになってるからかしら。そんな話、嘘かも知れないのに…」
「嘘なんてつけたら楽なんですけどね。私も貴方を信じてしまってるようです。だって…急いで手錠かける気になれない。逃げてくれたら良い…そんな事さえ思うの。」

「ふふふ……逃げないわ。もうそんな気は…早く連行して。あぁ…それから彼。苦しんでるから…私の所為だけど、助けてあげて貴方が。
思わず単独で乗り込んで来る位、大事なんでしょ?貴方は彼が発信機を着けさせる位油断する様な近しい関係なんだから。今彼を人前に出すと良くないわよ?彼のプライドが…」

「??もちろん、戻り次第すぐお助けします!」
(そんな様子を見てクスッと笑う女)
「許してと言っても、貴方は許してくれないでしょうけど…悪かったわね、敦賀君。彼女、可愛いくて…とても強い娘ね?貴方が好きになるの、良く分かるわ…」


「…?え、、と。わかりました。では、行きましょうか。手錠は車の中で…」と彼女を工場から連れ出し、
無線で呼んだ応援に彼女を預け、彼の元へ向かう。誰にもその事を漏らさずに…

走りながらも応援を待つ間に女が言った言葉が脳裏を駆け巡る。
「さっきは、ひどい事してごめんなさい。でも、あなたに魅力が無いなんて嘘…敦賀君も…よっぽど貴方を大事に思ってるのね。幸せになれ無かった人間として酷く妬けるわ。」
あの言葉が嘘?…そんな馬鹿な事…


工場に戻ると息も絶え絶えに肩で息をし、苦しそうに顔を歪める捜査官が居た。
拘束を解こうと近寄ると首を振ると、ストレートの髪から汗の雫が流れ胸を伝う。
いつもの涼しげに廊下を歩き、あちこちに指示を出す彼からは想像もつかない姿に
迂闊にも心が跳ね上がる。

薬で体が熱くなっているのか汗でしっとりと濡れ、先ほどよりも着ている服が透け
見える体に鼓動がオカシイ位に早く打ち始めるのを感じる。

何を考えてるの、私は!………彼は大事な大事な先輩で……いつも困った時は
何気なく助けてくれる敬愛する…偉大な先輩で。邪な気持ちなんて抱いたら…
彼のその善意を穢してしまう…

そもそも発信機を着けた事事態、大変失礼な事をしている私で…でも……
そうせずには居られなかった。らしくなく肩入れしてる先輩を見てると、
何かよからぬ事が起きそうで。…本当にそうかしら…?彼女は知り合いだから…と
珍しく現場に出てきたこの人と彼女に激しく胸がざわついたから…
心配半分、いやらしい嫉妬半分で着けたんじゃなかったか?…

可愛がって貰ってるから…きっと調子に乗って…独占欲でも沸いてしまった…きっとそうよ。
お父さんを取られそうになって嫌々してる娘みたいなもんよ!恋なんかでは…ない…うん。


思い出すは大分前にした同僚との会話

「アンタ、敦賀捜査官に食事誘われたの!?」
「違うわよ、モー子さん。食事に、というより栄養士としてお供を命じられたのよ」
「はぁ?どういうことよ?」
「敦賀捜査官、私のこと規格外だって面白がって、よく声掛けて来たでしょう?
そのせいで私、敦賀捜査官の昼のお茶出し担当にさせられたの」

「…それで?」
「でもね、お茶を持って行っても、1度も捜査官が食事をしているところを見たことなくて…。
外出しているようでもないのにって、気になって捜査官に聞いてみたの。
(いつお食事なさってるんですか)って。そうしたら…(食事は摂っている。そこに…)って
見たらナントカインゼリーなのよ!!」

「なるほどね、アンタ…」
「そう、つい口出しちゃったのよ。(そんな物は食事のうちに入りません!
ちゃんと固形物を召し上がってください!!)って」
「それで?次の日からは食べるようになった訳?」
「……ううん。次の日に行ったらカ○リーメイトが置いてあったわ。」

「で、アンタまた」
「だって、信じられないでしょ?あんな体格なのに食事をちゃんと摂らないなんて!
この職業、体が資本なのに!!」
「って、怒ったわけね。」
「そうしたら、じゃぁ君に食事のメニューを決めてもらおうかって。
自分じゃ何食べたらいいか分からないからって…。だから、食事を一緒したからって
特別の意味は無いのよ?」


……そう、特別な感情じゃない。彼も私も。ずっとそう言い聞かせてきた。
これからもそれは変わらない。まだまだ…お傍に居たいと思うから。

でもそうだったら…この体がゾクゾクする感じは何だろう…?
触れたくて…苦しくなる感じは何だろう?
……心配だから。(心配で体が熱くなる?)…きっ、きっと具合が悪いのよ。私。
早く拘束を解いて差し上げないと…

もう一度近づこうとするとまた辛そうに首を振る。

「……社を呼べ!俺に近寄るな!」
「そんなに私がお嫌いです?」
「そうじゃない!そうじゃないんだ!!解ってくれ…今俺は正気で居る自身が無い。」
「襲うかも…と?ふふっ何をおっしゃるかと思えば…私にそんな魅力なんて…
そうおっしゃったのは捜査官ではないですか。おかしい事を…」

「彼女を止めさせる為に決まってるだろう!!早く…誰かを!!」
「今わたしがこの縄…」
「解くな!!」
ぐっと睨むその視線に気圧される。いつもならそれで引ける所を
今日は彼が拘束されてる所為か、怖れる気持ちも薄く、その手負たる彼の姿を見つめる

この人は…何て綺麗なんだろう。縛られて尚、この荒れた工場の中で
燦然と輝く芸術品の様にそこに貼り付けられている様に見える。

「早く誰かを!!」
「すいません…でも…こんなに隙のある敦賀捜査官なんて今しか…いや…あ…あのっっ…す…すいません。私。何を……」

顔を赤らめる愛しの部下

「はぁ…はぁ…あ…もう…じゃぁ頼むか…らこの拘束を…もう本当に限…界…」



【続く】

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