第三話


限界を感じ迷った。彼女の顔をみて許しを乞うか…と。

何度も何度も開放を望む自分と理性とが戦いに疲れ果て、もうどうでもいいと放棄し始め
とうとう俺は開放を願う言葉を口にしようとした。

――その瞬間

ふと自分から目を反らし、窓をみた女がニヤリと笑う。

「敦賀君?――私がなぜこの場所を選んだかわかる?」
「…はぁ?…っう…っは…っぐ…」

ずっと続く全身の疼きに朦朧となり、最早答える事すらままならない。

「ふふふ、辛いわね。ここはね?さっき私たちが通ったここに入る唯一の入り口が見えるの。つまり侵入者にはすぐ気が付くことが出来る。そして私にはこの工場内で圧倒的な地の利が在る」

「シンニュ…シャ?…っぁ…は…ぁ」
「彼女は貴方の部下?」

朦朧とした頭が急激に冷えた気がした。
部下…?彼女…?一体彼女は何を言ってるんだ。もしかして――最悪なシナリオが用意されているのか?

「只の部下って訳でもなさそうね」
「…っ…にを言ってるのか…」
「恋人…?」
「違う!!」
「じゃぁ…好きなのね?」
「――違う!!」

女がじっと目を覗き込む 

心理学を学んだ人間である自分にはわかってる。
彼女は俺の目を見てる訳じゃない、瞳孔を見てるのだ。

言葉でどう繕おうが本心はそこに出る。動揺のままに瞳孔が開くのだ。
人間はそんなところまで制御出来るようになっていない。最悪だ!

「正解、、ね?ふふふ。楽しくなってきたわぁ」


女の声を遠くで聴きながら再び朦朧としてきた意識で彼女を想った。
誰にも指示など出していないのに、何故彼女はここに来たのか。あの暴走娘。

女の話しぶりだと彼女は一人で乗り込んで来ている様だ
一人で何て。何でまた…。彼女は本当に理解の範疇を軽々と越えて来る。

そもそも彼女は自分にとって規格外過ぎた。

人としても、女性としても自分の持つ統計とは離れすぎた子だった
だから興味を持って近づいたのだ彼女の事をもっと知りたくていつもの自分の癖で。彼女も実験用モルモットの一人と。

彼女の話を聞き、彼女の姿を目に映し、
少しずつ重ねる時間 いつしか彼女は只の研究材料ではなくなった。

自分でも戸惑った。まさか我が身にそんな事がおきるなんて考えもしなかった。
気づけばどんな時でも彼女の姿を探してしまう目
例え彼女が居ないとわかっている場所にいても俺の目は愚かにも彼女の姿を探してしまう

そう、俺は彼女に恋をしたのだ。
俺は恋というものの真実の名前を知っている

「刷り込み」というのだ。相手の情報を多く持つ事によっての錯覚。解っている、解っているのだが
振り回される想い。囚われて離れられない自分――いつしかそんな事さえ楽しいと思う様になっていた。
そして時間が経つにつれて欲は深くなる。

彼女が目に映るだけで良かった。それがもっと見ていたいと望むようになった。
傍に居れるだけで良かった。そうするともっと傍に居たいと思う様になった。

少し触れて嬉しかった。もっと触れたいと思う様になった。
いつしか彼女の全てが欲しい、とそう願う様になった。

近づきたくても近づけない距離。日に日に募る飢餓感
俺はそれでなくても、、彼女を欲しているのに――


彼女が危ない目に遭うのも、彼女が俺を助けて開放する事も
どちらへ転んでも危険に違いない。今の自分の状態を考えれば。

そんな事を考えてるうちにドアの外で聞こえる摩擦音
女はドアにそっと近づき息を潜めた。


張り詰める緊張感 感じる息遣い そして、隠し切れない気配


「来るなっっ!!」

叫んだ瞬間 ドアを蹴り、銃を構えた彼女が入ってくる
瞬間ドアの影から出てきた女がその手を打ち、彼女の手が後ろに捻られるのが見える。

床の上を滑っていた金属の音が何かにぶつかって止まる


「はい、ご苦労ね、新米さん。」
「ぅうっ!…どうして新米と…」
「場数を踏んだ人間がこんな馬鹿な勝負に出ないわよ?」
「……敦賀捜査官を離しなさい。これ以上罪を重ねちゃ駄目です!」

「重ねようが重ねまいが何も変わらないわ。全て無くなれば良いのよ!今更遅いのよ。何もかもこれからの幸せな貴方に、何がわかるのよぉぉ!」
「私だって…何も無い訳じゃないわ!!」
「私の何を知ってるのよ!!」
「敦賀捜査官の背中に盗聴発信機を仕掛けてたんです、すいません。だから聞いてたわ。外で。私だって…もう何も無い。」

「気休めはやめなさい!!同情されるほど私は――ッ!!」

女に片手を捻られながらも後ろを振り返り、残った手で彼女を抱きしめる

「もう良い、もう良いんですよ!!辛い癖に!!馬鹿ぁ!」
そう言って涙を流すキョーコに女は目を見開き驚いた。

「何故…貴方が泣くの?」
「知らないわよ!!でも、、心が痛くて、、痛くて堪らないのよっ!同情じゃないわ!」
「貴方…頭でもオカシいんじゃない?」
「私、貴方みたいに優れてない。でも一人の辛さは誰より解るつもりよ」

「あなたの様なクリーチャー、理解しかねるわ…」
「私の両親は私に見向きもしなかった。傍に居たのに、、」
「貴方の話なんて聞いてる暇は…」
「愛して欲しかった。ただそれだけだったのに。私は多分、、貴方の心に少し共鳴を…」

「愛…?はぁ?私が?愛ぃぃ?あーっはははははははは!!」彼女は笑い崩れたけど最上は変わらず黙って彼女の体をきつく抱いた。

尚も笑い続ける女、少しずつ嗚咽の様な声が混ざった。
「貴方みたいな人間にそんな事言われるなんて私もいよいよおしまいね。…はぁ…あー、、笑ったわ…」
「ずっと…泣いてなかったんですか?」
「泣く…?馬鹿ね、私は涙なんて…」そう言って女は初めて自分の頬を塗らす雫に気がついた。

笑い泣きには多すぎるその生ぬるい感触のモノ
「何故、、、」女は心底不思議そうにそれを手にとりまじまじと見つめた。


【続く】


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