第七話


「何も言わないんです…困りましてね…」

マジックミラー越しに見える女はパイプ椅子にもたれるながら
何処を見るでもなく、ただ魚の様に焦点の合わない目で宙を見ていた。

もっと何か情報を…と先程まで取り調べをしていた部下を見る。

「薬を盛ったのは殺す為だったと…無差別大量殺人が目的だった…
その一点張りで…その割には盛り方が甘いから理屈に合わないんですよね。
弁護士も要らない…と、死刑で構わない…と繰り返すだけで…」
もうお手上げです…と言わんばかりに肩を竦める男。

「そうか…少し話してみよう」言いながら下準備をする。
自分の調べた彼女の生い立ち、性質…その積み重なった情報で
作り上げた彼女の性格にダイブする様に探る。彼女を動かすには…


――――トントン……


「敦賀だ。いいかな?」
「……どうぞ。」
捕まっても尚、声だけは昨日までの凛とした彼女で少し安堵のため息を漏らす。

「どう?気分は……」
「悪くないわね。スッキリしてるわ…」
「そうか………」
「ええ…………」

ワザと沈黙を作り、向こうが話すのを待つ。
俺を含めこういう人間は問いただされるのを嫌う性質がある。
それはよくわかっていた。ただ、投げやりになってる彼女から
巧く言葉が出てくるだろうか…

「彼女とはどうなったの?」
思わぬ問いに動揺する。彼女は人の事など心配する余裕など…
それだけ自分の未来に興味が持てなくなったのか…と思うと
してはいけない同情をしてしまいそうになる気持ちを押し殺す。

「お陰さまで…巧くいったよ…」今、余計な隠し事はしない方が良い。
彼女の少し開かれつつある心がちょっとの衝撃で完全に閉ざすだろうから。
かといって外では記録係が会話を記録している。
それは決まり事だから、ちょっとやそっとの理由で止めさせる訳にはいかない。
言葉で抑圧を掛けとくか…

「俺達の事は気にしなくて良い。むしろ良い刺激に…」言いながら
女に見せ付ける様に横にある鏡に視線を送る。
「あぁ…記録?言わんとする事は分かってるわ。それとも…」と肩を竦めて笑う女
「止めてくれ…」と笑う俺。俺をからかう事で彼女の生気が戻るなら嬉しいが、
ここでアレを暴露されると巻き添えを喰らうのが一名居るので軽く制止しておく。

「もう駄目か?君程の人が…」
「もう見るべきモノは見た…そんな気がするのよ…」
「慢心なんて…人間はそんな簡単なモノじゃない。」
「もう良いのよ…ただ…疲れたの…もう開放されたいのよ…全てから」

俺には薄々分かってた。彼女を動かせるのはたった一人しか居ないと…

「お願いがあるんだ。俺と彼女の間を取り持った君に…それに
君が死刑になんかなると…俺の部下は君を助ける為にきっと暴走するよ。」
「やっかいな子ね…でもそんな子でしょうね…で、お願いって?」
「演出を考えて欲しい。斬新な演出を君のお得意の科学力で。…もちろん結婚式のね…」

「……他の人に頼んで頂戴。私には……」
「不本意ながら、結婚式には警察のお偉方を招待せざるを得なくてね…。
…事情はまだ言えないが……相当な著名人が集るんだ。非常に目の肥えた人間が。
そんな面々を驚愕させる程の演出出来る人間なんてそうそう居ない。」
「私には……」

下を向き考え込む女。その目には先程より生気が宿ってる様に見えた。

「出来ない…か。そうだな、無理を言って済まなかった……」
「出来ない訳じゃないわ!!ただ……」
「自信がないから逃げる理由を探すのか……」
「出来るわよっっ!!」

立ち上がり力一杯机を叩く彼女。プライドの高い彼女の強い瞳。
本当に自分そっくりの…負けず嫌い。燃える闘争心を体に閉じ込めた
冷静な探求者の煽り方なら俺が一番分かっている。

俯いてしばらく考え込んでいた彼女の口角が不意に上がる。
「…未だかつて無い演出…面白いじゃない。でも私は犯罪者で警察の
貴方とプライベートまで関りを持つ訳には……貴方が困るのよ?」
「構わない。君には一秒でも早く出所してもらわないと…そっちの方が困るんだ。」
「………………………少し、一人にして。考えさせてくれない?」

問うように見せかけての絶対的な命令口調。そして光る眼光。
きっともう大丈夫だ。何故なら彼女は根っからの科学者で探求者だから…

席を外し愛しの部下へ電話をし、彼女から報告を受けると
取調べ室へ戻る。すると女の姿は見えず、記録係が
「全て吐いた様で…全落ちです。」と俺に報告をした。
「俺の名前は…」

「ごめんなさいと伝えてくれ…とだけ言われましが…何の事ですか?」
「いや、何も無いんだ。」
彼女は実に聡明な女性だ。改めてそう思う。そんな人が
このまま埋もれて消えてしまうなんて俺には耐えられない。
だから抗うのだ。彼女の心を救う為に…

刑が決まり、刑務所に移送され女の生活は始まり何日か経った頃
一人の男が彼女に面会に訪れる。俺達がコンタクトを取ろうと
探し回っていた男……

忙しいのかなかなか連絡を取ることが難しかったが
彼女が…愛しい部下が直接海外まで追いかけて捕まえた。
……ホテルに張り込みルームナンバーを調べ上げ寝てる所を
猛烈なノックで起こすと朦朧としている彼に延々と話を聞かせたらしい。

その話は空港から刑務所まで彼を送る途中聞かされて知った。
「涙ながらにだよ…」と苦笑する彼に俺にただ笑うだけだった。
それは彼がそれを嬉しそうに語ったから…
謝るのも違うだろうといった雰囲気だったからだ。

彼女は本当に常人では許されない事をやってのけそして許される。
きっと彼女の一生懸命さが人の心を開くのだ。俺も……

「でももうこっちに帰って来るつもりだったんだ。もちろん彼女に逢う為に
…ただ、僕は自分の気持ちを巧く彼女に伝えられるだろうか。」
何を話すべきかを悩んでるのか、俯き考え込む彼の姿がミラー越しに見える。
「打算無しに心のまま話すと意外に伝わるもの…みたいですよ。」

媚薬の力を借りた俺が力を込めて言う事ではないと思わず言い淀むと
ミラー越しに見える顔が少し笑って言う。

「感情のままの言葉…苦手だなぁ…貴方もそのタイプに見えますね。」
「そうですね…でもどうしてもひり出さないといけない時がある。」
「……出せましたか?」
「否…間違えました。出るのです。溢れてしまうモノの様です。」

「感情か…俺ら研究者には忘れがちで…難しいね。」
「そうですね……」

彼はそう呟いたまま窓の外を眺めた。その瞳が重く暗いものであったから
俺は出しゃばりはせず、それを見守るように黙って車を走らせていた。
その日は雨の激しく振る日であった。

目的地に着くと、先に着いていた愛しの部下が手続きを済ましてくれていたのか
ここの責任者らしき人物が立っていて、俺に深々と礼をすると彼の脇に立っていた
監視員らしき男に目で合図を送り、その彼がチラリとこちらを見ると
「こちらです」とマニュアル通りだとわかる程の棒読みで俺らの歩みを促した。

廊下を叩く三人の足音。人気がない所為か、それは妙に大きく響いた気がした。
先頭の男が立ち止まると一つのドアを開け、中に入れと促す。
その彼の横に立って男に先を譲ると自分も中に入る。

先に待機していたのか真っ白な室内に映える紺色の制服を着た例の部下
恋人を見る目ではないその目で軽く会釈をすると俺も応える様に頷く。
On Offを分ける彼女だ。そういう所も俺は好きだと再認する。

ドアの中は三方を白く分厚い壁で覆われた面会室だった。
一方は防弾ガラス張りでガラスのあちら側はこちら側とは違い
狭苦しく何部屋にも区切られていた。

一見、机の向かい合わせに座り話をする…近い様だが、
そのお互いの間を分厚いガラスで仕切られていた。
会話までがそれに阻まれてしまうのかガラスの一部には小さな穴が沢山空けられていた。

その特殊な環境に面食らったのか、男がヨロヨロとそのガラスに近づいた瞬間
ガチャリと音がしてあちら側の部屋の一室に例の女が入ってくる。
無表情でパイプ椅子に座る女、そして吸い寄せられる様に近寄り、その前に座る男。

その瞳には想いが揺れるばかりで喉元から一向に言葉が出てこなかった。




【続く】


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