尚 その後


「じゃぁ…行って来るね?しょーちゃん…」
「早く帰って来いよ!」
「うん、すぐソコのスーパーに行って来るだけだから…」

そう言ってそそくさと靴を履きながら
俺に手を振る元後輩の…今では俺の嫁になったポチリ…
……美森って呼ばないとすぐ膨れるからな…アイツ…

その美森となし崩し的に結婚して…子供が生まれ…
いつかの小さな恋の傷も癒えつつある今日この頃。
惚れて結婚した訳じゃ無かったが…
昔の幼馴染がそうした様にコイツも一生懸命俺に尽くしてくれて…

最初は正直…幼馴染のキョーコを失ってしまった俺の
行き場の無い想いをこいつにぶつける様に…こいつで埋めようとする様に
ポチ…美森の頼むままに付き合っていた。

満たされない…虚しいと思っていたその関係もいつの間にか
俺にとって悪くない柔らかな関係になってきて
キョーコとあのスカシ野郎の娘の子守を無理やり押し付けられ…
その子供を甲斐甲斐しく面倒見るコイツに思わずポロリと…

「ポチリ…お前…子供好きなのか?」
「ん?可愛いねー。ショーちゃんと美森の赤ちゃんならもっと…」
「………じゃぁ産むか?俺の子供…」

そう小さな声で漏らした俺の言葉が理解できないのか
固まる美森に思わず赤くなってしまい彼女に背を向ける。

「え…?ショーちゃん…今…なんて…?」
「俺の子供産むか?って聞いたんだよ!お前も大概鈍いな!」
「そんな…私一人じゃ育てられ……」
「だーかーらっ!お前は馬鹿かっ!俺の嫁になれって言ってんだ!」

そう背中越しに言うと静かになる室内…
キョーコとあのスカシた男の子供だけがあーだかうーだか…
言葉とは言い辛い音を発していた。

ポチ…美森は今どんな顔をしてるのか…何を思っているのか…
背を向けてる俺にはわからなかったが俺の出来心…
いや、そうとも言いきれない言葉が彼女にどう伝わったのか…
ここに来て初めてコイツの心が分からなくて知りたいと…そう思った。

不意に背中に感じる柔らかな感触…俺の肩を包むその暖かい温度に
俺はふっと胸の奥が熱くなり…泣きそうになった。

「本当…に?…結婚してくれるの?美森と?わた…」
「うっせーな!嫌なのかよ!」
「そんな…ゆ…め…だったもん…ショーちゃんと……」

泣いているのか声が途切れ途切れで……
途切れた声の合間からは預かった子供の発する声が響いて…
いつも静かな俺の家が妙に騒がしくなった気がした…
でもこの騒がしさに妙な安心感を覚え…失いたくない…そんな事を
ほんの少しだけ思ったりした…

それから一年…美森は仕事を辞め…俺は相変わらずの仕事っプリの
もてっぷりで正直遊ぶ相手には困らない…が遊ぶ気にもなれず…
仕事が終われば真っ直ぐ家に帰り…美森と子供の待つ家へと帰った。

部屋に閉じこもってるのが寂しいのか仕事中…
何度も電話してくる嫁には少し閉口もしたけど
「邪魔だからかけてくんな!」と言った次の日から
ぱたりと掛かって来なくなり…何度も見る携帯…無い着信…

その寂しさに耐えかねて
「たまには…その…掛けてこい…」そういう俺に
「パパは我侭でちゅねー…」とこれ見よがしに嬉しそうに子供に言う妻に
「うっさい!嫌なら別れても良いんだぞ!」そう怒りながらも
本当に別れられたら…俺はどうするかな…そんな事を考えて不安になっていた。

キョーコが甲斐甲斐しく美森を誘ってお茶会などするもので
俺も否応無しに連れられ…アイツとキョーコの家に遊びに行く事になる。

アイツ等の娘が俺の子供の赤子らしい動きが面白いのか
俺が抱く子供に近寄ると親ばかスカシ野郎もセットなのか…近づいてきて
何となく父親談義になり…最初は嫌々話してた俺も
アイツが言う子供との触れ合い方とか喜ばし方が妙に役立って

実行すると俺の子供が喜ぶもんで…最近では話を聞いてやってる振りして
アイツの談義を楽しみに行ってる…なんて死んでも言いたくねーけど…

青い芝生の広い広い庭…太陽の下で…
俺と久遠…さん…と…美森と…キョーコと+α
切なくないとは言えないが…それでも何となく幸せだよな…とか
思ってしまう今日この頃で…

ふとカレンダーを見ると明日の日付に大きく花マルが付けられていて
ママ友のキョーコちゃん家でティーパーティー☆と書いてあった。
半月に一度のこの催し…そうか…もうそんなに経ったか……

結婚してから時間が経つのが妙に早いのは何でだろうな…
そう深呼吸をしてテレビでも見ようとすぐ傍で寝てる我が子を起さない様に
抜き足差し足でテレビまで向かおうとして床を踏んだ途端

「ビェェェェェェェーーーーーーーーンン!!」

起してしまったのか…壁まで振動してるんじゃないか?と思う程の大声で
泣き出す子供……

美森の居ない時に…あぁ…もう…子供って面倒だな…
そう思って深くため息をつくと泣きすぎて力が入った所為か

ブリッ………

と…よからぬ音が聞こえてきて思わず固まる。
ひょっとして……ひょっとするのか?…あやすとか…ミルクとかは
やった事あるが…おむつとか…こういう下の世話は死んでもやらない!と
美森にもしつこく言っていたので正直やり方なんてわからない。

気づかなかった振りをしよう…と思ったが
お尻が気持ち悪いのか激しく泣き続けるわが子に
今世紀最大の大きなため息をつく。

俺様が…こんな事やる訳ない!似合わない!死んだほうがマシ!

そう我が子に向かって首を振るも納得する訳も無く
ただ激しく泣き…喉を痛めるのか何度もむせながら泣いた。

くそぅ……やるしか…ない…よな…このままじゃ…可哀想だ…し…

そう決心していつも美森のやる様にオムツを出し、尻を拭いてやり…
見よう見まねでまたオムツをはかせた。
俺は相当慌ててたのか…濡れたティッシュではなく
その辺に転がっていたタオルで尻を拭いてしまったらしく

やべ…美森に怒られそうだ…と思い証拠隠滅とばかりに
そのタオルを袋に入れゴミ箱に捨てた。
気持ち悪く無くなったのか泣き止む我が子にホッとして
その小さな頭を撫ぜた。

何度も何度もその産毛の柔らかさを楽しむ様に撫ぜたら
不意に俺の指を掴むその所作に…迂闊にも胸が一杯になり泣けた。

「ショーちゃん!只今!」そう元気よく帰ってくる嫁に
慌てて目元を拭い子供から離れると何事も無かったかの様に
「起きて…泣いてたぞ…」と告げる。
「んー?起きる時間じゃ無いんだけどなぁ…」

そう首を捻りながら子供に近づき…
「うわ!くちゃい!」と鼻をつまみ笑いながらオムツを開けた。

やばい!俺がした事がばれたら…そう思って息を潜めると

「あれ?ショーちゃん…もしかして…替えてくれた?」
そう問う…その嬉しそうな声と表情に…ほだされてつい…
「…おぅ…しゃーねーからな!」
そう言ってしまう馬鹿な俺……

「うわぁぁぁ〜い!ショーちゃんありがとう!!」
そう俺に抱きつく美森がボソッと呟いた言葉に思わず身をこわばらせる。

「………また…お願いね?」
「はぁぁぁぁぁぁ?何言って!?もうしねぇ!俺はもう…」
「だぁってぇ…こんなに上手に出来たんだからぁ…」
「しねぇって!お前は馬鹿か!これは最初で最後のサービス…」

「そう言えば……お尻吹くティッシュ…もう切らしてたんだけど…
何で拭いたの?」
そう問われ…俺は何も答えずにいそいそと外出の用意を始めた。
「ねぇ?何で拭いたの?」

「答えはゴミ箱の中っ!」そう言い放って玄関を出て
急いでドアを閉めようとした…そのドアが閉まる瞬間聞こえてきた悲鳴…

「きゃぁぁぁぁぁっ!コレ!美森の大事なタオルなのにぃぃぃ!!」

俺は家をダッシュで離れ、遠ざかりながら考えた。

最近ふと思うことがある…
子供を産んでから…何となく優勢だった俺の立場が
ジワジワと劣勢に移行し始め…何かと俺に用事を押し付けようと
美森が算段を立てて来ている気がして怖い。

まぁ…それでもあそこが俺の帰る場所で…でも…

きっと今帰るとあいつは膨れて飯も作ってくれないだろうから
機嫌を取る為にアイツ好みの甘くアルコールの弱い酒と…デザートと…
……たまにはアクセサリーでも買って帰ってやるか…うん。

それでさっきの事は水に流してくれたら良いが…
それでも駄目ならオムツの2,3回はまた…替えてやるとするか…な…

いや…無理無理無理っ…!絶対無理っ!

お詫びのタオルとアイツ好みの服も上乗せして買って帰ったら…
水に流してくれないかな…

そんな気の使い方を最近気がついたらしている俺は
ひょっとして…尻に敷かれてる…とか言うヤツだろうか…
不破尚が?この俺様が?…そんな事…無い…とは言いきれない…

それでもまぁ…悪くない…そう思ってしまってる俺は…
ひょっとしてアイツの手のひらで転がされてるんだろうか…



悔しいが……まぁ…悪くない…う…ん。




【END】


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