第十話


皆が私を見る、背に、横顔に…そして目の前からも強い視線を感じる。だから堪えようするのに一度緩んだ涙腺はなかなか元には戻らない。

コーン…二つのキス…二人との関係の改変…

頭が混乱して…精一杯唇を噛み締めたのだけど
口の中にはトマトの味に似た鉄分の酸味がじわりと広がり
瞼からは不甲斐ない涙が次々に出てきた。

「…う…うっ…」
情けなくも押し殺せない嗚咽がこみ上げ子供の様に泣いてしまった。恥かしい、でも止められなくて、止めるのに精一杯で…


「独りに……独りに…して…下さい」


背後で閉まるドアが廊下に虚しく響く。
私は無責任にも全てをあの室内へ置いてきてしまった。

言葉の発せ無い尚を、手を緩ませた敦賀さんを
心配して下さってるだろう二人を…
まるで心の奥底に封じ込めでもする様に…。

配慮の無い言葉だったと思う。
からかわれて出た言葉ならこんなに罪悪感は無い。
二人は…多分…精一杯…

だからこそ辛い。どうして良いのか分からない。
あのままあの場所に居たとして何も事が進むと思えなかった。
彼らの時間を無駄に拘束するだけになっていただろう。

悲劇のヒロインぶる程酔狂じゃない。
考えるべき事は分かってる。

どちらかを選ぶか…どちらも選ばないか。
傲慢な悩みだと思うけどそれが現状だからしょうがない。
そしてそれは簡単に答えを出せると思える話はで無かった。

今まで与えられなかった事…誰にも必要となんて…
せめて技術で必要として貰えたら…なんて努力したけど
結局その技術しか愛して貰えなくて…

今になってどうしてこんな…
折角諦められたと思ったら持て余す程与えられる。
神様は本当に意地悪だわ。きっとわたしを甚振って楽しんでるんだわ。

だからきっと…この二人の…どちらかの想いに報いようとした途端…突き放されて…また独りきりに戻るんだわ。それに…選べる筈が無いじゃない。

勘違いだったとして、私の危機にあんな真似までしてくれた
嘗ての想い人…その長い長い日々が無駄じゃなかったのなら私は…何だかんだでもずっと傍に居てくれた彼に未練が無いとは言いがたい

敦賀さんは…

唇の熱が…その体の温度が蘇る。
意外性が私の脳裏にそれらを焼き付けただけだと思いたい。
だって私はあの人の事を良く知らない。

あんな敦賀さんは始めて見た…それがコーンで、お優しい敦賀さんで…

頭がまだ混乱から立ち上がれずに居た。
今まで尚が危険な人間で、敦賀さんが安心な人だと思ってた

硝子が割れた様に粉々だ。
今までの世界が幻の様に消えていく。

混沌として思考能力の働かなくなった頭を抱え
私はなにをどうすることも出来なかった。

不意に携帯が鳴り躊躇して暫く画面を見れずに居たが
長く響く着信音で擦れ違う人が振り返るので仕方なく見る事にした。

相手はモー子さん。

私は遠く離れた地で同郷の友にあった様な気持ちになって
急いで電話を取った。


「早く出なさいよ!馬鹿!」
開口一番に罵倒された。その相変わらずのぶっきらぼうな物言いにホッとして思わず…止まっていた涙が…

「モー子さぁん…モー子さ…ん…」
顔はもうぐしょぐしょだ。言葉も出なくて…名前を呼ぶ事しか出来なかった。

「ちょ!あんた!なんかされたの!?あのレイノとか言う変態なの!今何処なの!泣いてないで早く言いなさい!」
受話器の向こう側は酷い剣幕だ。
彼女はクールぶる癖に何だかんだで面倒見が良い。

「会場の…傍…」
「今、手が離せないからアンタが来なさい!部室に!分かったわね!」
「こんな顔じゃ行けない…」
「酷い顔してればしてる程大丈夫よ、アンタだって誰も気が付かないわ!顔をパンパンに泣き腫らして来なさい」

ほら、言葉が温かい。暗に泣くだけ泣いてすっきりしたら来なさい…そう言ってくれている様だ。

私は嗚咽が酷くて相槌しか打てなくて
受話器向こうの彼女は一人強引に話を進めて電話を切ってしまった。




【続く】






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