第十二話
…グーで殴られた。
でも正直、そんな悪ふざけを言えたのはモー子さんが真剣に考えてくれるのがくすぐったくて、その真剣な態度が酷く心を楽にしてくれたからで…
「ねぇ、モー子さん?」
「…はい?」
「友達って良いね」
「(#゚Д゚)< 五月蝿い!」
「( ̄□ ̄;)< またぁ!?」
モー子さんの頬は真っ赤で、私もなんか釣られてしまって…
「…だからぁ、その…あの人と何が在ったのか…」
「……う…ん」
何か、変な空気になったものの、一生懸命話を続けようとしてくれていたから私もその辺はあまり触れない様にした。
何が在ったのか…って…、、その時は敦賀さんを励まして、成り行きで手を握られて…
モー子さんとの変な空気で赤くなったままだった顔が
更に熱を孕み、私は慌てて頬を隠す。
不意に手に蘇るあの時間…まだ色々と知らなかった自分に…
あれからそんなに経って無いのに酷く昔の出来事の様な気がして…
酷い情緒不安定…涙腺がもうだらしなくて自分に腹さえ立つ。
「もう…分かんない…」
「まーったく話が見えない」
机に突っ伏す私に不機嫌そうにそう苦言を呈する彼女。
「何て言って良いか…分からない」
「最初から順を追って話せば良いのよ」
「最初から…」
最初はもう何処なのかが分からない。
敦賀さんに手を握られて何かが開いてしまった感覚を…
きっとこの感覚こそ閉じた筈の恋愛感情と言うんだろう物が
沸々と、堰を切った様に…
でも手を握られたからそうなった訳ではないと思う。
「そもそもアンタが敦賀さんを何かと意識してたのは私も知ってるわよ」
「いっ!意識なんて!」
「尊敬は恋愛感情に繋がりやすいのよ」
「尊……」
顔を上げ、考え込む私を見て彼女は大きな溜息をついた。
「そもそもアンタ、敦賀さんに過剰な警戒してたじゃない!レイノだとか不破君だとかには気さくに罵る事が出来る程接近出来る癖に敦賀さんには…」
「それは敦賀さんには罵る程の何かが無いもの。先輩だし、大物だし、沢山助けて頂いて…」
「面倒見の良い先輩ねぇ…私…同じ新人だけど面倒見て貰った事ないけど…」
「私は何かとご縁が在るから…」
「それだけかなぁ?」
モー子さんの言いたい事は判ってる。
分かってるんだけど今はそんな問題じゃなくて…
「話…旨く説明出来るかどうか分からないけど…聞いてくれる?」
私は拒絶される可能性を危惧して上目遣いで恐る恐る聞いた。
「そう来なくちゃ!」
モー子さんがそう言って不敵に笑ったから…私は…酷く気が抜けて…何とかなる様な気がした。
「まずは…成り行きで敦賀さんに手を握られて私…」
「恋心が芽生えたと自覚」
「…元々、思い返せばあの人の傍に居ると落ち着いたって言うか…」
真剣に話してるんだけどモー子さんが顔を赤らめるから
私も釣られて動揺する。
「っあ!違う!あの…それにはきっと理由があって…」
「理由?」
私は彼女に耳打ちする。昔のコーンとの思い出を…
そのコーンの人柄を…そして敦賀さんの人柄と…
豹変してしまったあの人の様相と…
――もう俺は妖精の王子じゃない…
その投げやりな声が形取った意味…そして脳内による完全なる記憶の一致。
私の第六感が漏らして良い情報では無い、と告げていた。
信用するモー子さんだから言う決心をした。
「…へぇ、また何故気が付かなかったのかしらねぇ…幾らトンマなアンタにだってそんな宝物の様な思い出の中の、それも重要な人の顔を忘れる訳…」
そう…まったく気が付かなかった。
偶にチラチラと胸の中をざわつかせる何かは確かに在った。
でも…
「あれから…敦賀さんに何が在ったのかしらね…」
激動の人生は人を容易に変えてしまう。その流れが大きければ大きい程に
容姿や雰囲気なんかも変えてしまうのかも知れない…
あんなに荒々しくならざる負えない様な…
尚を荒々しく蹴ったその後姿を…襟首掴んだその表情を…
そして私の手を捉えたあの人の…
悲しい…瞳を…私は思い出していた。
胸が苦しくて吐きそうだった。
「あのね…モー子さん…あのね?」
落ちつかない情緒、止まらない涙に姿勢を正して頷いてくれる親友。
言葉に出してしまえば楽になるかも知れないと…
そこに一縷の望みを掛ける事にした。
【続く】