第十四話



「どうぞ」
彼女はそう言って笑った。



「…どうぞ…?」
私は彼女の言葉をイントネーションだけを変えて
オウムの様に返した。

彼女は笑った。とても優しい顔で笑った。
なんだか酷く安心して単純にも何とかなる様な…そんな気分になった。

「モー子さんって良いお母さんになれるね」
「はぁ?母親?…冗談じゃ無いわ!」

彼女は心底吐き捨てる様に言った後、自嘲した。
大家族の彼女には彼女にしか分からない苦労が在るのだろう。
親にも見離され、尚にすがり付いていた私に言える言葉は何も無いのだけど

「正直…羨ましいと思うわ」
そう呟くと
「また遊びに来なさいよ…」
と彼女は顔を背けて言った。少し見える頬が赤い。

「照れてるのぉ?」
「五月蝿い!」

彼女の素っ気無い言い方とその頬の色の温度差が妙に嬉しくて

「照れてるんでしょう?」
思わず追い詰める様に繰り返してしまう。

立ち上がり彼女に顔を近づけて迫ると
彼女は真っ赤な顔のまま机を叩きながら思い切り立ち上がって…

「と り あ え ず !」
「ふぇ?」
「そのメモ、持ってなさい!鞄に入れないでずっと手に持ってなさい!
もう私は知らないからね!」

そう早口で言い放つと鞄を持って扉の向こうに消えてしまった。

手に残るはまるで問題集の様な答えの見つからないモノリスト。
とりあえず私はそれを握り締め、事務所を出る事にした。

答えが見つかって居ないのに酷く落ち着いてる自分に驚いた。
モー子さんにはいつかアイス奢らなきゃ…何て思った。

話を黙って聞いてくれると云う事がどれ程の効力を発揮するのか良く分かった。
「本当にありがたい…」
鞄を手に取ると落ち着いた所為か不意に携帯を確認する気になった。

ふと頭を過ぎるのは二人からの着信…
いえ…違う。

敦賀さんからの…着信。
正確にはお優しかった時の敦賀さんの…声。

画面には着信を示す記述は無かった。
その事が酷く私に孤独を感じさせた。でも…
「一人にして下さい、とか言ったものね…私」

思わず苦笑する…。やっと向き合えたと思ったら私は意外と…
「我侭だわよ…ね」

一人にしてとか言って一人にされたら寂しいなんて…

足音が廊下へ響く。何人もの先輩に頭を下げながら私は歩く。
皆、誰かと話してたり、楽しそうにしていて…

一人で歩いている自分が妙に『寂しい人間』の様な気がして
訳の分からない劣等感を感じた。

玄関が見える。大きな硝子からは光が漏れていた。
そこに人影がちらほらと…

「おい!」

その中の一つが私に声を掛け、近寄ってきた。
黒いシルエットが徐々に薄くなり、それは尚になった。
私は掛ける言葉も持たずにじっとその近づいてくる様を見ていた。

「……よぉ!」
返事すら出ない。言葉をひり出そうと口を半開きにした私に
そっと顔を近づける尚を思わず手で拒絶した。

手にはあの紙が…
ガサリと音を立てて尚の端整な顔に当たった。

「…んだこれ?」
尚は私からその紙を取り上げるとそれをしげしげと眺めて…

「フンッ!だから何だって言うんだ!」
そう吐き捨てる様に言った。彼の真意は掴めなかったけど
珍しく翳りを帯びた顔だった様な気がする。

「…んなの、今更…分かってるよ!」
じっと私の目を見てそう話を切り出した。

「好きだ好きだと連呼して、尚ちゃんが…尚ちゃんが…って…
まるで俺がお前の自由を束縛している様に言う癖にお前は…」
「…え?」
「男として好きだった訳じゃ無い事ぐらい最初から分かってた!
母親に相手にされない孤独を埋める為だけに俺が居た事位分かってた!
お前は…まるで妹じゃないか…好きだと、選ばれし王子様だと繰り返されて
そう思い込んでた俺の気持ちも考えろよッ!からかう権利位あんだろが!」

――鼻っから『俺』なんか見てなかった癖に。

外に相手が居る事さえ気が付かなかった。あの日までは。
帰ってこない寂しさを自らの不安を無視して捻じ曲げてしまった。

私は…

「謝らないわよ!あんただって随分だったじゃない!」

…絶対謝らない。だって謝らなければきっと…

「んなぁにおぅ!大体お前がなぁ!」
「違うわ!私はアンタがどんなにプリンを愛してるか知ってるし…ッ!」
「それは(俺)じゃなくて俺の生態だろうが!」
「生態知れば丸分かりじゃない!」
「分かる筈ねぇよ!」

こうしてまた彼との『関係』を繋いでられるから…

「分かるわよ!だって私はアンタの切っても切れない…」



――幼馴染なんだから!



【続く】




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