第十六話



思いの他大きい音が鳴り自分で立てた音にも関わらず
響くその残響に怯えた。

「はい…?」
聞こえたのはいつもの声。社さんだ。

「あの…最上です…」
私は彼の声に安心して脱力してしまったのかノブを回す勇気が出ずに扉の前に立ち尽くしていた。

不審に思ったのか扉は向こうから空いた。
サラサラと空気を泳ぐ毛先が彼の掛けている眼鏡をなぞる。

「キョーコちゃん…」
彼の顔には動揺が見られた。それはそうだろう。
決して短くは無い年月連れ添っていた彼だからこそ
そのショックは大きい。

私は掛ける言葉も無く、ただ黙ってお辞儀をした。

「あの…もう…大丈夫?」
「…大丈夫と言う程…大丈夫では在りませんが…」
私はあはは、とわざと軽く笑ったが彼からしてみれば
本心は推して知るべしなのだろう。
社さんはただ困った様に笑った。
「蓮なら居ないよ」
「撮影中ですか?」
「他の俳優さんが遅れててね…待機中なんだけど…」
「何処かへお出かけとか…?」 「一人にしてくれ、と言われてね…」 柔らかい表情に翳りが帯びる。彼もさっきの私同様力なく笑った。 前にもこんな事、無かったかしら…何て私は場違いな事を考えた。 確か…あの時、、 思い出す映像はやけに視界が狭かった。 息苦し… 「ああ!」 「ええ!?何!?」 私は痙攣的に背筋を伸ばし固まった。 何故そんな事、過ぎりもしなかったのかと昔の自分を殴ってやりたい気分だった。 あの時の好きな子と言うのは… 「社さん…私…私ッ!」 「ど、ど、ど、如何したんだよ、キョーコちゃんも蓮もッ!落ち着いてくれ!」 もやもやとしていた心がすっと晴れた。 何をどう解決して良いかなんて馬鹿な私に理論だって考えられた訳じゃない。 ただ直感した。糸口が見えた。 「この最上ッ!命にかけてでも敦賀さんを探して参りますッ!」 社さんにビッ!と敬礼すると彼はあんぐりと口を開けて固まった。 そんな彼に背を向けて私は廊下を力の限り蹴った。 背後からは社さんの大笑いが聞こえた。 それはまるで吉兆の様に感じ、足に力がみなぎる気がした。 「まだあそこに在る筈!」 廊下に私の騒々しい足音が響く。 運動の所為かしら、頭にも血が良く流れて情報処理も早くなる。 人を掻き分けながら先輩やスタッフさんにも挨拶を… 背はピッと伸ばさなきゃ! 笑顔も忘れずに… ナツになったって、セツカになったって…それは私の一部分だった。 それをあの人はイツだって受け止めてくれてたじゃない! 嘉月だって、カインだって、魔王だって、帝王だって…未知の敦賀さんだって! それが彼の一部なら… ――見失っても集めれば良いだけの話じゃない。 走って、走って、走って…今日は走ってばっかりだわなんて ぼやきながら私はアレを用意する。 少し動き心地の悪いその衣装でスタジオ内をウロウロするのは気が引けたが そんな事、言ってる場合じゃない。 倉庫も、非常階段も、あらゆる所を闊歩したが見つからない。 よもや外に出たのでは…と危惧しながら上がった屋上に… 彼らしき人影が見えた。 空に向かって煙を吐いている。彼らしくない彼の姿。 私は…見つけたは良いが何て声を掛けたら良いのか分からなくて その背中をずっと眺めていた。 不意に彼が振り返ったと思うと走って近づいてきた。 私は何か言葉を出さないと!と焦って言葉をひり出して出たのは 「やあ、また逢ったね」 そんな間抜けな台詞だけ… 【続く】

駄文同盟.com 花とゆめサーチ

 

 
inserted by FC2 system