第十七話



何の意味も無い言葉…

だけど彼には少なからず効果が在った様で
とても神々しい、柔かい笑顔でゆっくりと微笑んだ。

「君はいつだって俺を救いに来る…」
「元気ないじゃないか…」
「連絡先でも聞いていれば良かったと後悔したよ」
「僕の連絡先は高価いんだ」

「いくらだって出すさ」
彼は笑った。
「さすが天下の敦賀蓮だ…」
坊(私)も笑った。

さっきまでも目が回る展開が嘘だったかの様に
風の音だけが耳を過ぎ、空は青く澄み、彼は優しく微笑み
この景色はまるで平和そのものだった。
彼はふっと溜息をつくと顔を翳らせた。

「また悩んでるのか?」
「悩んでるのかなぁ…前に…話した事在ったよね?その…」
彼はその先を言い辛そうに言葉を淀ませた。頬が赤い。

「好きな…子の事かい?」
含まれる可能性に私も思わず言い淀む。
「そう…」
彼はあの時の様に暗い暗い翳りを宿した顔で
自嘲する様に笑った。

私は不意に彼はあの時の事をどう受け止めてるのか気になった。

「…駄目だったのかい?」
卑怯にもこの姿で…彼の本心を聞きだそうと思った。
「さあ、駄目なのかな…らしく無い事をしてしまった。彼女は怯えてた」
「戸惑って逃げただけかも知れないじゃないか…」
「君はその時の状況を見て居ないからそう言えるんだ」

彼は膝の上で作った拳を硬く握り締めた。

「後悔してるのか…?」
「後悔?…分からない。以前今の俺は仮の姿だと言っただろう?」
「うん…」
「本当の姿には闇が含まれる。今の俺だって勿論俺では在るんだけど…
…温厚で紳士な敦賀蓮なら…あんな事…」

彼は痛みでも堪えるように眉をしかめた。酷く胸が痛んだ。

「少しずつ…暴走しない様にしてたつもりなんだ。演技をする為に
ほんの少しずつ手綱を付けて出していって…制御するつもりで居た。それなのに!」

彼は悔しさを発散する為か、足元に落ちていた缶を蹴みつけた。

「あんな挑発で…でもしょうが無かったんだ。俺は…」
「…俺は…?」
「取られたくなかった。…かっとなって…」

彼は自分の腿に肘を付け、頭を抱えた。

「俺の判断は最初から正しかったんだ。曝け出すと嫌われるんだ」
「そんな事…」
「良い人間じゃないと自分でも思うよ」
「我慢して…閉じ込める方が良くないよ!」

彼に言った言葉なのに自分に妙に堪えた。

「例えそれが人を傷つけるモノだとしてもかい?」
「傷つくか如何かは分からないじゃないか…」
「現に不破は…」
「あっちだってそれ相応の事をしたじゃないか!」

「君は…」
「何だよ!」

彼はじっと私を見た。
見られる筈が無いのに私は酷く自分の表情が気になった。

私は今、どんな想いでこの言葉を言ったのか…
何を考えて言葉を発しているのか…

「俺は間違ってなかったと…?」
「…暴力は…良くないけど堪えすぎるのも良くない」
「彼女は怯えてた…」
「…驚いた…だけだろう?」
「彼女にとって大事な筈のキスだって…」

返す言葉が見つからなかった。

「不破にされても逃げなかった、彼女は不破の事を…」
「彼女にとってキスでは無かった…んでしょ…う」
「俺は強引に…」
「それは…」

彼は私を、いえ、正確には坊をじっと見つめた。
私は居た堪れなくなって顔を背けた。

「彼女は…傷ついただろうな…」
「…そんな事は無いよ」
「何を根拠に…」

根拠なら此処に…何て言える訳も無く私は黙って顔を背け
「いや、知らないけれども…」と付け足した。

「好きでも無い相手に無理矢理キスなどされて傷つかない筈が無い。
日本ではとても大切な儀式なのだろう?彼女はそれに対して
痛ましい程…夢を持っていた事を俺は知ってる」
「好きでも無いとは限らないじゃないか!」
「根拠は何処に…」
「…いや…知らないけれども…」

不意に視界が広がり、空気がやけに新鮮に…

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁーーー!」
「酷いな…」

彼は青ざめる私を見つめ少し怒った顔をした後、優しく微笑んだ。

「謀るつもりでは無くて!あの!」
「ずっと…騙してたのか…」

私は床にへたり込み、アワアワと口を振るわせた。

「俺はずっと本人に対する悩みを打ち明けてた訳か…」
「…ほっ…!本人だったなんて今日知りました!」
「騙されてた…」

重い沈黙…罪悪感で言葉が出ないけど何か言わないと
押し潰されそうで何とか声をひり出した。

「敦賀さんだって!お互い様じゃないですか!」
「俺が手札を見せた後もこうして謀りに来たじゃないか…」
「そ、そ、それ…は、、」
「でも足りないね、修行不足だよ。辻褄が合ってなかった」
「へぇ?」

――坊が何故【社さんと不破と彼のマネージャーと俺と君しか知らない事】を知ってるのか。



【続く】




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