第六話


敦賀さんが捲った赤い布の下には大きな樽が置いてあって
その上には…いえ、その樽に突き刺さってるのは金の粉を塗りたくられ、
まるで金の像の様をした社長だった。

頭上高く手を上げたまま像になりきっているのかびくとも動かない。


黒髭危機一髪的な何かだろうか、樽には沢山のナイフが刺さっていて
煌々と光ってはいたが輝きが不自然に艶が在るから本物では無いようだ。

「うちの社長はこういった催しが好きでして…」
敦賀さんが苦笑しながらマイクでそう話しだした。
「どうせ何らかの形で乗り出してくるだろうと思ったので
折角だから役をやって頂きました」
「任せとけー!」

体勢が若干苦しいのか社長は少し苦しげな声でそう答える。
会場は笑いに包まれ、敦賀さんはその声が収まるのを待って話し始めた。

「…で、ですね。樽にはご覧の様にナイフが刺さっています。
ナイフには一つ一つ何か書いてあります。皆さんが用意してくれた景品の名前です。
ナイフに書かれた物が戦利品となります。」

音楽が流れる。樽の傍に居る人から順番に一つずつナイフを抜いていく。

私は社長の姿の滑稽さに思わず考えるのを止めてしまった。
…正確には考えられなくなった。

あちこちで歓喜や笑いが起こる。
商品に対しての反応だろう。次々と樽に近づき、離れていく彼らを見ながら
「平和で良いなぁ」などとぼんやり思っていた。

気持ちが晴れたと言えば嘘になる。
でも少し楽にはなった。

このザワメキが心の中の喧騒を誤魔化した。
「キョーコちゃん…」
百瀬さんが私に声を掛ける。…心配そうに…

「敦賀さんの傍に…行き辛い…ね?」
何かあったと思っている彼女はそう辛そうに顔をしかめた。
理解しようと、同調しようとしてくれてる事が申し訳なく、在りがたかった。

「いえ、行って来ます」
そう、ゲームに参加しないと不自然だし、参加するには彼の傍に行く事になる。
きっとまた気まずい事になるのかも知れないけど…

人の後ろに隠れる様にして近づく。
なるべく大きな人の後ろを選んで隠れる。

樽のすぐ傍に行って見上げると社長がちらりと視線を下げ
こっちを見た気がした。

私は鈍い事にその時初めて考えたのだ。
このゲームの概要を。

普通、黒髭危機一髪と言えば一本ずつナイフを差していって
外れが当たると黒髭がポーンと飛び出す事になっている。

…そう言えば私、昔からああ言うのに弱かったわ。
奇跡的な運の悪さで持って一発ではずれを引き当てたり
そんな漫画の様な事が実際に起こる稀有な存在だった。

耳に尚の笑い声が蘇る。

「ひゃははははは!お前、最高!」
「もーー…なーんーでーかーなー…」
おどけながらも少し落ち込んだ様相の私を見た尚はいつも言ってた。

――皆と一緒より特別なハズレのが良いじゃネーか。

あの時、裏切られたと言うショックで忘れてた事を思い出した。
幾ら私でも何も良いところが無い人にあんなに夢中になれる筈が無い。

コーン程じゃないにしろ。稀に彼の言葉は私を深淵から掬い上げる事が在った。
だから私は…

「最上さん、どうぞ」
敦賀さんに声を掛けられて私はその顔色を伺う様に顔を上げた。彼は出逢った頃見た不自然な煌々笑顔から僅かな翳りを覗かせて穏やかに微笑んでいた。

酷く胸が痛んだ。

残り少なくなったナイフを見て、一番取り易そうなナイフに手を掛けた。

――特別なハズレのが良いじゃねーか。
尚の声が頭の中で繰り返す。

特別なハズレなんて、まるで私が特別にハズレな存在の様じゃない!…でもそう言われると運の悪い私も強ち悪くないのかも知れないなんて…少し、思えた。

少し…今の無茶苦茶に壊れた自分も悪くない様な…
自然に…人並みに流されても良い様な…

そんな気がして肩の力が抜けて、私はナイフの柄を握り、思わず微笑んだ。するりとナイフが抜ける。瞬間――


『どぉーーーーーンッッ!』


爆発音と共に金色の社長が空を飛ぶ、その姿は酷くシュールだった。肩には折りたたまれていたのか白い羽がグライダーの様に広がっていて社長の飛んだ軌跡には白い羽が一面に広がりとても綺麗だった。

「おめでとう!最上君ッッ!」
空をふわりふわりと舞いながら社長が私を祝福し、会場は拍手と笑いに包まれた。

全身金色の社長は光に包まれ、少し神々しく見えたのは私の脳が残念な所為かも知れない。

敦賀さんが封筒を手に私に近づいてきたのが目の端に見え
私は反射的に彼に向き合った。
視線が絡む。彼の笑顔の底に感じる翳りが心を蝕んでいく。

「おめでとう、最上さん」
「…これ、何ですか?」
「世界旅行だよ、最終がアメリカ」
「ええ!本当ですか!?有難う御座います!」

「ずっと頑張ってきたからご褒美だね、ゆっくり行っておいでお土産話、待ってるよ」
「はい」
「彼も忙しいから頑張ってスケジュール合わせて…ね」
「彼?」

一瞬…敦賀さんの顔がカインのそれと重なった。
酷く陰を固めたような…何かの叫びの様な険しい表情を…


――不破君と…仲良くね


渡された旅行の封筒は紙切れ一枚にしては少し重かった。
多分、中には二人分のチケットが入っているんだろう。

私は思わず踵を返して去ろうとする先輩の
裾を掴んでしまった…





【続く】




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