第八話


大きな音を立ててあのくそデカい足を机上げた。
酷くその風景は異質であって、もっとも相応しい様な感じがした。

「…で?…何も話す事なんか無いだろう?解散で良いんじゃね?」

芸能界の先輩を相手にやる事では無い。
社さんも敦賀さんを目の端で見ながら尚に足を下ろさせようと苦言する気だったのだろう。

その口が何かを発しようと形を変えた時、敦賀さんが音も立てずに立ち上がり隣に座る社さんの姿が一瞬その影に呑まれて暗くなった。

気だるそうに尚の傍に移動する。
尚はそんな彼を睨む。

机に上げたままの足はその傍に立つ人間によって
容易く下ろされた。

鈍い衝撃音を伴って…

蹴ったのだ、あの温厚な敦賀さんが…殺気を隠す気配も無く
骨を折らんと言うばかりに彼の上げって居る足を蹴り…その勢いで彼を床に引き倒した。

私と社さんは一瞬その衝撃に口を開けたまま固まっていたが
すぐに気を取り直して床に転がり取っ組み合う二人を懸命に引き離した。

「どうして…蓮!」
「止めて、どうして!」

私達は共に悲鳴の様な声を上げたが二人に届く事も無く
ただ野犬か何かの様に私達が羽交い絞めをして初めて互いの身を離した。

「…らしいじゃねぇか!敦賀さんよぉ」
「尚…もう止め…」
私が押さえ込んだ尚は言葉を吐きながら相変わらず彼に立ち向かおうと体に力を込めていた。

「その顔の方がよっぽどアンタらしいじゃねーか!敦賀蓮!」
敦賀さんは相変わらず尚を睨みつける。

「いつだってスカした顔でお高く止まりやがって!」
「尚!もう止めて!」
「俺は何にも興味持てないよ…みたいな…」
「だから…尚!」

「誰にだって…俺にだって…」
「……尚?」
「…欲しいんだろが!…腹が立つならそうやってソレらしい顔してろよ!」

敦賀さんの顔に戸惑いが浮かぶ。
私も戸惑い、社さんも同様の様だった。

尚がまるで…敦賀さんに誤魔化されるのを嫌がっているみたいで…どんな方法ででも理解しあいたいと思っている様にも見えて…

「だから最上さんに手を出すって言うのか?」
敦賀さんが気を取り直したかの様に威嚇混じりの声を出す。

「それはまた別だろうが!」
尚は臆する事も無く同じ様な声で威嚇する。

室内が再び静寂に支配され、私と社さんは自分のするべき事を見失いただその支配に甘んじていた。

「敦賀さんよぉ」
尚の声に敦賀さんは警戒する様に睨んだ。
「俺は容赦ねぇぜ。欲しいものは欲しいんだ。例えアンタに殴られようとな!」

驚いて思わず息を飲んだ。
隣を見ると社さんも同様だった。

てっきり尚が仕掛けた喧嘩だと…最初に手を上げたのは尚の方だと…。

だっていつだって敦賀さんは言ってたじゃない。
夢を売る商売なんだから人目は気にしないと…って。
プロフェッショナルなら怪我もしてはいけない、させてはいけない…って。それはとても頑なにプログラミングされてた様に繰り返してたのに…。

敦賀さんの心の中で何かが起きている…?
何か大きな変革が…

部屋のチャイムが鳴り、社さんは二人を気にしながらドアスコープを覗き込む。敦賀さんは床に座り込んだまま何かを考え、尚はそれを見て深く溜息を付いた。

二人の感情に乱れが生じた様に見えた。

社さんが扉を開けると祥子さんが幾分顔色悪くして立っていた。

「どうなりましたか…?」
社さんの顔色を伺う様に彼女はそう質問した。
「僕にも何が何やら…」
社さんは肩を竦め、状況の理解が出来て居ない自分を嘲笑する様に口元だけで笑っていた。

祥子さんが切なく笑う。そして私を見て少し…痛みを孕んだ瞳を揺らした。私は意味が分からなくて…何も言えなくて…ただ彼女を見つめ返していた。



【続く】






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