第十話



何だろう…この感じ。沢山の事がありすぎて…
確かに敦賀さ…ん?…え…と…久遠さんだっけ…の言うとおり
今だからそんな取乱さずに居れるのかも知れない。

驚きすぎてむしろ心は平安だ。振り切れた。でも
警視総監の子供…でもそもそも敦賀さ…久遠さんならそうでなくても
……総監の座まで上りつけてしまう人…よね。

正体を偽ってた理屈も分かるし、実力をつけた(?)今、
こうして私に真実を告げて下さったのも分かる。
でも何も一気に…で無くても…と思うのは私の我儘だろうか…
いや、違う筈。怒っても良い…よね?

でも……離れたくない……でも……
そこまで考えてふと頭に過ぎる言葉。

――――このままだと…次期警視総監の……奥さん……

今の総監の奥様はモデルさんだから取材…とか総監の周りの人間の
奥様と親交を深める為のお食事会……とか…社交界……とか
慣れてらっしゃるけど私は………

今更ながら気が付いた身分の違い。青くなり思わず
ドアと反対方向にある窓の枠に足を掛け力を入れる。
一階のその控え室からは青々とした芝生が見えていた。
きっとここを何とか抜け出せば……

そう思いながら着地した背後から何者かに抱き締められる。

「……絶対!……逃げると思った……」
「つっ!敦賀さん!何故っ?」
「ずっとこの窓を張ってたんだよ。君がこうすると思って。」
「信用してなかったんですねっっ!」
「実際君は逃げ出したじゃないかっっ!」
「それは………」思わずどもる。

だって…でもそれは……
言葉が出て来ないのでだただた恨みがましい顔で見つめ返すと
前髪を整え、乱れた息を整えるように深呼吸すると
腰に手を当て話し出す。

「本当は…もっと早く言う予定だったんだ…でも余り家に居る時間も無くて
今日こそはちゃんと話そう…署を出る時には毎日そう思ってたんだ…でも…」
「でも………?」

聞き返すと少し顔を赤らめて言い辛そうに口元を隠し一瞬空を仰ぐと
「あー……あ…のね…」



そう切り出し彼の口から飛び出た言葉は私をも巻き込んだ



――――君の顔を見ると……ついつい…夢中になって…愛してしまうから……



「忘れてしまうんだ。何もかも…。君以外の事は…だって余りにも君の瞳が…
その唇が…その指が俺を………」
「ちょっ!ちょっ!もう良いですっ!もーーーーーー良いですっっ!」
これ以上恥ずかしくて聞いてられない…とばかりに両耳を手のひらでパタパタする。
何故この人はいつもこうなんだろう……そんな事を思いながら赤くなった顔の熱を冷ます為に手のひらで自分の顔を仰ぐ。

「それだけじゃ無いんです。私は……次期総監の妻……なんて大それた…
なれる自信が無いんです。」
「自信が無くても君は俺の妻になってくれるんだろう?」
「でも………」

「出来ない…か。逃げるんだ…そう……そんな大役務まる筈がない…」
「そ…んな言い方……」
「出来ないんだ。逃げるんだ。挑戦もせずに弱音……」
「そう…じゃ……」

「そんなヒラリと手のひらを返す程、俺の存在は軽いらしいし……」
「違うっ!違いますっっ!」
「総監の妻……なんて…そんじょそこらの女性に出来る話じゃないんだ。
君になら…きっと勤まる…そう思ったんだけどな。俺の愛した…偉大な爆弾だから……」

悔しい…この人にはきっと一生勝てない。この人の言葉はこんなにも…
私の心を無敵にさせる……

「やって見せようじゃありませんかぁぁぁぁっっ!」
そう拳を握るキョーコを見て優しく微笑むとくるりと体を建物の入り口に向けて
キョーコに手を差し伸べる。
微笑んでその手を取る彼女の瞳の中にはもう迷いなど無かった。
やってみせる!きっとやり切れる!この人となら……

そう思って二人で開けたドアは控え室とは違うドアだった。

「…?」

開けた後その事に気が付き前を見渡したキョーコの目の前には真っ暗な世界…
不意に目の前に青く光る液体が大きなガラス(?)を満たしていくと
見る見るうちにその青い液体は羽ばたいた白鳥の形になり
何かな?…と近づいた瞬間その白鳥がスパークして目の前が真っ白になった。

瞬間部屋の…会場の天井に満天の星!星!星!
そして先ほど白鳥がスパークした場所を中心に大量の光る羽がゆっくり舞い上がった。
そしてオーケストラがその星の瞬きに沿って演奏を……

暗闇のあちこちからため息が聞こえたのが少し怖くて隣を見る…と

不意に自分を置いて歩き出す彼の足跡は青く青く輝いていた。
星と彼の足跡以外何も見えない真っ暗な中……
その足跡だけを頼りに彼の後を追う…と間接照明か不意に自分の立ってる場所から
地面が光だし、その範囲は自分を中心に広がった。

その足元に見える花…花…花…
床は一面に花が敷き詰められて…でもその花はホログラムなのか
踏んでも形が崩れる事は無かった。

その地面の変化に驚き、足元を見ていると小さな光の球がらせん状に
自分の体の周りを昇ってきた。
と、真っ白だったそのドレスは薄いピンクに色を変え
驚いた事にドレスの形まで変わりはじめた。

「うわぁぁ〜……」

思わずそのグラデーションしていく自分のドレスに見蕩れる。
と、目の前に真っ赤な炎が灯り、その周りのテーブルが見え、そのテーブルに座る人が見えた。


「ん?」

思わずその炎を見るとそこから少し離れた所には青い炎……その又離れた所には紫…
緑……白……黄色……色とりどりの炎が灯るその周り座る人達………
炎が灯ったテーブルから拍手が沸き、それは次第に強くなり喝采となった。

いつの間に傍に来ていたのか立ちすくむ自分を抱き上げる新郎
そのままテーブルの並ぶその会場を颯爽と歩き、前に組まれたステージに上がり
すっと自分の体を下ろすと深々とテーブルの群生する方へ頭を下げたので
自分も慌てて彼の真似をした。

瞬間満天の星達がゆっくり少し降下した後

「バババババババババッッッ!!」
爆裂音を立てて花火の様に散って会場の電気が着いた。

目の前に広がるテーブルと人間の数は予想を遥かに超えていた。
隣に居る新郎に問う。
「ナンニン ショウタイ シタンデスカー………」
動揺してハーフのこの人に片言で……私は純粋な日本人なのに……

「さぁ…父さんの知人を入れる必要があって……さぁ、何人かなぁ…」
そう首を捻る新郎を見て大きなため息をつく。
私はこういう世界に入って行くんだ……
そう思うと少しプレッシャーを感じてきた…けど……

さっきと一緒よね。真っ暗な中、彼の足跡だけを頼りに歩いた。
そうしてる内に世界が広がって……そうよ!きっとそう!大丈夫!やっていける!

そんな事を考えてる内に式は進行していく。
電報だったり…(私は知らない)芸能人が歌を歌ったり、色んな世界の偉いさんが
敦賀さ…久遠さんの幼い時の事を話してくれたりで楽しい一時だった。

私の知り合いは少ない。以前お世話になっていた下宿先の夫婦……
モー子さん…他同僚…そして……

久遠…さんが招待したかしてないかは分からないけど私には母が居る。
自分に何の関心も持たない…冷たい印象の母。
今思えば目を見て話してくれるのは怒る時だけで……
後は彼女の背中しか記憶に無かったから……きっと招待しても来るはず無い。
私はきっと………要らない子だったのだろう…。

そんな事考えるとこれから先が怖かった。
結婚……その先にあるかもしれない…出産………
愛に疎い私。愛されなかった私…がその子をちゃんと愛せるだろうか……

―――キョーコ!……キョーコ!こらっ!聞いてるのっ!!

マイク越しの大きな声で思考から呼び戻される。
………モー子さん……
そこにはカクテルドレスに身を包んで怒りに眉間に皺を寄せた
同僚がマイクの前に立っていた。

キョーコの注目を得たと感じた彼女は何事も無かったかの様に
原稿も読まずに新婦の方を向いて話し出す。






―――あんたなんかと関わる気なんてさらさら無かったのよ。
本当に…何かと絡んできたり、お節介ばっかりしたり……
鬱陶しいけど気になって…アンタは努力家で…いつだって必死で…
危なっかしくて…気がついたら…その……し……親友………

とりあえず!とりあえずよ?敦賀捜査官と心が通じてから…
アンタ毎日私にへばりついてた癖に…少しずつ…大人になっていって…
でもアンタが幸せなら…それで……良い…でっ!でもっ!

言っとくけどっ!寂しいって訳じゃ…ないからねっ!でも…
少し…は………
アンタっ!私にこんな事言わせて幸せにならなかったらっ!
幸せになんなきゃ…しょう…ち…しな………敦賀総監…ヒズリ…
キョーコを…幸…せ…に………し……せ……に………






言葉がどんどん涙声になり…とうとう言葉を詰まらせる同僚。
隣で大きく頷く捜査官…じっとして要られなかった。
偉い人が沢山列席するこの場では座ってなきゃいけない…ん…だろうけどっ!

マイクを持ったまま顔をそっぽ向かせる同僚の下に走って…
彼女の体を抱きしめた。抱きしめて…抱きしめられて…‘おめでとう’を言われた。
何度も‘ありがとう’を言った。…けどちゃんと言えたかどうかは分からなかった。
涙が言葉を邪魔して…どうしても途切れてしまっていたから。

人は大きく心が動く時…周りの心も巻き添えにするのか……
腹黒そうな軍人も…政治家も……そして署の偉い人達も……
付き合いで嫌々列席していた人間も…彼女達と一緒に涙を流し嗚咽した。

そして感情の篭った拍手で会場が揺れた。

ソレ見て微笑む捜査官は呟く…

「だから君は‘偉大な爆弾’だと言ったんだ。
俺には動かせないモノを動かしてしまう……何て大きな力だ…。」



【続く】




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