第十一話



電報読み上げに偉い方々のスピーチ……
テレビでしか見た事のない顔やその著名人の名前に驚いている内に
フィナーレになったのか突如として会場の電気が消えた。

先ほどまで司会者が居た場所を見るとそこには見覚えのある二人が
スポットライトを浴びてこちらを向いて立っていた。
自分たち二人に向かって深々とお辞儀をすると高らかにこう話始めた。

「この式は××製薬会社の開発チームプロデュースでお送りします…」
照れ笑いしながらまるで狡猾に人の式で宣伝でもしてるかの様な振りで
そう切り出すとこちらへまっすぐ向かい、宣誓の様に話し出した。

「ご結婚、おめでとうございます。私達はここに居る皆さんのご存知の様に
犯罪者で…ここに立つべき人間では無い…そう思います。でもあの事件を経て
私達は…私達と周囲の心は…このお二人に救われて…今、ここに立っています。
せめてものご恩返しがしたい…と…そう願って…」

何年たっても忘れる筈がない。
あの事件以来ずっと逢いたいと思っていたのだから…

正義と悪…立場上そう相反する事になったが
私は二人に感謝していた。あの事件が無かったら
今こうして……ここに居なかったとそう言い切れるから…

二人のその後について何度も敦賀捜査官に尋ねたが、
彼らにもプライバシーが…恋人とはいえ明かせない事があるんだ…の一点張りで
少しも情報を漏らしてくれなかった。

敦賀さんだけ連絡を取り合ってたみたいで…ずるい…と少し怒ってもいた…けど
立場上、仕方の無い事かも知れない…と諦めても居た。
その会える筈の無い彼らにこうして再会出来る事に…最早言葉など…
必要としなかった…

嬉しくて…嬉しくて…ただ立ち尽くすだけだった。
そんな心が満ちる時間…照れた様に話す二人。
最初スポットライトが当たった瞬間は‘元犯罪者が何故ここに?’
そう言わんばかりの会場のざわめきが

二人の話が進み、その誠意が伝わる事に
少しずつざわめきが起こり、二人の軽いジョークにも笑う様になって来ていた。

そして二人の会話に少しの間が空いた…瞬間
不意に会場に流れる声。それはまるで何処かの電話を盗聴した様な鮮明ではない音声だった。



「もう私は……その件に関しましてはお断りさせていただきます。」

   「どんなご事情がおありになったかは知りませんが…一生に一度の…」
   
   「あの子にとって…一生に一度だからこそ!尚更お断りするんです!」

   「どうして……」

   「新しい人生の幕開けに…私が顔を出す訳にはいかないのです!例えどんなに…
   どんなに逢いたくても!……ずっと彼女を突き放してきた私ですから…」





途切れる音声……その声に驚いて思わず席を立ち呆然となるキョーコ。
声の主が誰なのかなんて…何十年とその声に怯え、焦り、打ちひしがれた…
ずっと自分に辛く当たって来て、今の今まで何の連絡もして来なかったし
自分からもしなかった、絶縁状態にある母…と隣に座る未来の夫。

隣を見ると微笑みながら 目の前を指差すと不意に例の女と男が手を繋ぎ
その繋いだ手で後ろにある壁を叩いた…瞬間その壁の一部がが激しく燃え、
今まで真っ白だった只の壁に木製の茶色いドアが出来た。

会場がどよめく中、何て事ない顔で二人はそのドアを指差すと
大分離れた新婦席に座るキョーコに手招きをした。

怖かった…あちらへ行くのがただただ怖かった。
ドアの向こうを想像すると足が竦み、動けなくなった。

黙って首を振る私を不意に抱き上げ二人の下に駆ける捜査官…
ざわめく会場に脇目も振らず真直ぐドアに向かい、その前で私をそっと下ろし、
さぁ、どうぞ…とばかりに私に向ってウィンクをした。

恐る恐る触れるドア……開けるつもりなど無かった。
…そんな勇気は無かった…が、どういう仕組みになっているのか
触れた瞬間、ドアがまるでガラスの様に割れ、中から激しい光が漏れ出した。

会場の皆がその閃光弾にでもやられた様に目を眩まされそうになった時
ゆっくり中から人が出てきた…その姿に思わず声をあげる。

「お母さん……」

何も言えずに立ち尽くす私。同じく戸惑いを隠しきれずに固まる母…が
まるで独り言でも言う様な声でポツリ…ポツリと話し出した。
 

「披露宴まで顔出すつもりは…ただ…貴方の顔を少し影から見ようと…
そうしたらこの二人に小さな部屋に連れて来られて…」

言いたい事は沢山あった。聞きたい事も沢山あった…でも……






もう……いい……






母の体をぎゅっときつくきつく抱きしめた。
わだかまりが解けた訳ではない…無いけど…逢いたいと…影からでも見たいと…
そう言ってくれただけで胸が一杯だった。


「離して!もう私には貴方を抱きしめる権利なんて!」
そう言って自分の体を突き放そうとする母の力に抗い力いっぱいその身を抱く

「お母さん…お母さん…おかぁ…さん……」途切れ途切れになる声

今、この時でなければこんなに思わなかったのかも知れない…
今までとげとげしく聞こえていた母の言葉はただ不器用だっただけで…
こんなに優しかったのか……そんな事を感じていた。

抱きしめ返して貰えなくて良い。
ただこの言葉にならない胸に満ちる想いを伝えたい…
凍えた様に不器用な冷たいこの人を大きくなった私が暖めたい…なんて
言うとまたこの人は私の手を振り解くだろうか……

そう思った瞬間…自分の肩に暖かい何かが落ちる感触がした。



「キョーコ……キョーコ……幸……せ……に………」



これ以上……私に必要なものなど無い。
心がもう一杯で言葉さえ出てこなかった。
ただ泣きじゃくる母の背をゆっくり撫ぜながら頷く事しか出来なかった。
私は本当に迂闊で…間抜けで…そして…幸せ者だ。

こんな一杯の愛に包まれて居た事を今更になって気がついた。
胸が一杯で…もう溢れてしまう程一杯で……そんな一日で……
きっと私はこの日を……一生忘れる事が出来ないだろう…そう思った。

そして結婚式は終わり、その足で新婚旅行に向かい…そして帰ってきて
またいつもとなんら変わらない日常が始まった。

前と変わった所はと言えば、家に帰ると総監が居て…夢の様に美しい義理の母が居て
メイド様が沢山いらっしゃって……愛する夫が居た。

そして家が馬鹿デカくなった位だろうか……

生まれの所為か、育ちの所為か…人に奉仕する事は慣れていても
される事に慣れていない私は結局家の掃除も率先してやり、(その方が落ち着くから)
結局メイド様や執事様からは「リーダー」と呼ばれ、からかわれる…(いや、あれは
可愛がって下さってるんだろうか…)そんな存在となった。

居心地は悪くない。ただ義理の父にも母にも可愛がられ過ぎて
多少の息苦しさを感じ、少し帰りの足が重い位……この状況に慣れたい様な…
慣れたくない様な……複雑な心境を顔に出さずに頑張るのがしんどいだけで…

……要するに…まぁ…幸せな訳で……

実母もあれから…義理の母が招待してくれるのか、お茶会だ何だと
催して母を呼んで私と会わせてくれるので
前より二人の間の溝が埋まりつつあるのを感じた。

母はセレブに囲まれて居心地悪そうではあるものの、
私が幸せそうにしているか気になるようで
見ない振りして私の様子をチラチラと見ては
少し微笑んだりしている事を私は感じ取れるようになり、

自然と一緒の席に座りたくなり、お茶を注ぎあい何気なく話すようになった。
今度、母を誘って温泉にでも…行ってみようかしら…最近そんな事も考えている。

仕事も順調で……ただ困るのは総監も副総監になった夫も…平の私を
何かと特別扱いしようとするのが煩わしい…と…。

もう…本当に…オン、オフ付けきれて無くなって来ている事を
本人が麻痺して来ているみたいでいつも説得は至難の業だ。本当に疲れる。

そして「勝手に結婚しやがって!」といつも呪う様に意地悪をしてくる幼馴染と
以前から霊視捜査だか何だか胡散臭い捜査担当のレイノとか言う捜査官も
茶々を入れてくるのでイラッとしては居るが…

そんな事をいちいち義理の父や夫に言うとどんな大事になるか知れないので
黙って堪える事にして、愚痴は親友のモー子さんに聞いて貰う事にしている。

「そんなの知らないわよっ!自分で追っ払いなさい!」

……モー子さんは…相変わらず冷たいけど……式の時の彼女が‘本心’だと思うと
その冷たい態度さえ嬉しく感じてしまう自分が居る。

そんな…ぼやいたり戸惑いながらも幸せで平和な日々を送っていた。




そして何年か時は過ぎた頃……




【続く】



駄文同盟.com 花とゆめサーチ

 

 
inserted by FC2 system