「――なさい、、――きなさいよ!」 冷たい感触に意識を呼び起こされ、気づくと手は拘束され頭上に吊るされていた 地面に着いた膝がコンクリートに温度を奪われ冷たく感じる。 「俺は――」 すぐさま状況を把握しようと思考をこらそうとすると激しい頭痛に苛まれた。 体の冷たさを感じ思わず目を床に落とすと下は水浸しだった。 自分の体を見るとシャツが透けていた事から水を掛けられ無理やり覚醒させられたのだと理解した。 「少し量が多かったかしら…ふふふ」 罠に嵌まった自分への苛立ちとこの女がした事への怒りが相まってついついらしくない荒い声を出す。 「何のつもりだ!!」 「さぁ、、何のつもりかしら。貴方なら解るんじゃない?」 「理解出来るつもりで居たでも、、つもりでしかなかった!君には惜しむモノなど何も無いのか?」 「罪を重ねていく事に何の躊躇いも無いわ。惜しむモノなど、、もう失ってしまったから」 「いつも一緒に居たあの人懐っこい彼はどうした?」 「人事なのによく覚えてるわね」 冷静な瞳がまた、、ゆらりと悲しみを宿し揺れた。 「もう失くしたわよ、とっくに」 「何故…」 「この工場ね、父が大切に従業員と守ってた薬品工場だったの。小さい頃はよく父を追いかけてこの工場に来たっけ。この工場が倒産するまではね。 平和だったわ、、他の薬品会社が父の研究を盗むまでは」 「そんな事が――」 「研究は我が子よ。大事な我が子を奪われて失意の中、父は死んでしまったわ。自分で作った薬を飲んで。最愛の父だった…私も後を追う筈だった」 「でも追わなかった」 女は辛そうに笑う。 「彼に出逢ったから。彼は私を慰めて、理解して、支えて、愛して自分を前に進む様に、、研究に目を向けるようにしてくれたわ。 少なくとも私にはそうしてくれた様に見えていた。」 「違ったのか?」 「男なんて…体も思考も全て愛してるなんて言葉、信じた私が愚かだった。所詮、下半身に操られた哀れな生き物じゃない!…いえ違うかしら。疲れた私が見た幻想だったのよ、彼は。私は一人。きっとこれまでも、これからも。」 自分自身の体を壊れんばかりに抱きしめたと思うと、すぐ横の壁を思い切り叩いた。 何度も何度も何度も。手の骨など惜しくない、痛みなど生ぬるい、と言う狂わんばかりの激情で――。 恐らく彼女は自分でも気がつかない内にそれだけ深く彼を求めていたのだろう。もう叶わない思いを。 彼女は血の滲む手の痛みに導かれる様に彼の最後の言葉を思い出していた。 ――君にはもう、着いて行けない。 そういう彼に別れのキスと偽り、舌に仕込んだ媚薬を飲ませた。 初めての人体実験。自分に背を向けようとした彼が狂った様に自分を求めた最後の夜。 繰り返えされる愛の言葉が酷く自分を苛んだ。 自分で仕向けた事なのにこれ以上無い位に心が引き裂かれた時間だった。 愛の言葉が自分の作った無機質な薬、たった一錠で得られた虚しさ、その言葉の空洞。 愛だ恋だのは所詮、種の保存の為に脳内物質がみせる錯覚なのだと思い知らされた。 只の錯覚がこんなにも私を壊してしまうのならば去っていく彼など要らない。 私にはそんな慰めなど要らないのだ。 忘れられない恋心と孤独を振り切る為に更なる研究に打ち込む日々 まるで狂ったように執拗に。そしてのし上がるトップの座。 脚光を浴びる分だけ虚しさが募った。たった一人きり。真っ暗な中、スポットライトの中で。 俺はそんな彼女の話を聞きながら考えていた。 彼女と自分との違いを。 彼女は持ってたものを失った孤独、俺は何も持たない者の孤独 安息の地など今まで在った試しの無かった俺にはその失う辛さなど分る筈もなかった。 「傲慢だったな、俺は」 「…え?」 「君と俺は一緒だと思ってた。けど俺は失う辛さなど知らない。これは想像でしかないが今まで――辛かっただろうね」 「いえ、あながち違う事も無いかも知れないわね」 「――え?」 一瞬、彼女の情が解れた様な気がした。一瞬だけ―― しかし次の一瞬にはもう彼女は冷酷な表情を持ち直し、先程よりもさらに悪意のこもる視線をこちらに向けていた。 何がそうなったのか皆目見当が着かないが俺は確かに彼女の嗜虐性に火をつけた様だった。 「同情…。ふん、、貴方は切れる人だと思ってたけど、案外詰めが甘いところがあるのねぇ」 「…女性には、フェミニストで通っているものでね。ところで、これを解いて貰えないかな?」 「あら、ダメよ。解いたら逃げられちゃうじゃない…ふふ。それに…、貴方みたいないい男が縛られる図って、なかなかステキよ?」 女は指をつつぅーーーっと蓮の肌に滑らせ器用にシャツのボタンを外した。 そのまま胸に指を滑らせるとそっと胸に舌を滑らせそこにある突起を舌で愛撫した。 痙攣的に身体が強張らせたものの、欲情をそそられる事も無くただじっと女の所業を黙ってみていた。 やがて、女の手が股間に伸ばされる―――。 「あら、いやだ。勃たないなんて、愛想の無い体ね」 「残念ながら、俺にも好みというものがあるのからね」となるだけ冷たく言い放ったのは虚勢では無かった。 「いつまでそれで通じるかしら…?」女はニヤリと笑うとポケットから小さな小瓶を取り出して口に含み、俺にキスをする。 無理やりこじ開けられ流し込まれる甘い甘い液体。吐き出そうにも顎を上に上げられては飲み干さない事には息が出来ない。 選択肢は無かった。 「……っなにを、飲ませた?」 「ふふ…何かしらね…」 しばらくの沈黙。 電気の通わない廃工場の換気扇が風に回る音だけが響く。 ――ドクンっっ!! 突如として打つ激しい鼓動。息が苦しくなり、視界がぼやけ そして、体がまるで発火でもしたかのように熱くなった。 「っく…ぁ!!媚薬…」 「ご名答ね。強力でしょ。ふふふ…何処まで抗えるかしら」 大して暑くも無いのに、目の前の風景がまるで陽炎の様にゆらりゆらりと揺れる。 さっきよりも大きく聞こえる女の声が酷く不快だった。 「どう?ご気分は。皆最終的にはこれで言う事を聞いたわ。男なんて本当に簡単よね。低俗だわ」 まるで自嘲するかの様に吐く台詞。そうか、彼女は誰より自分の与えた試練など押しのけ、自分の心を救ってくれるそんな人間を探していたのだ。 そう感じた。自分を上回るほどの何かでもって自分の不信感を粉砕して欲しかったのだ。 彼女自身が作ったのに、最早彼女自身がコントロール出来なくなった心を分厚い分厚い壁の中から救い出し、裁いてくれるのを待っていたのだ。 しかし、残念ながら今の自分には最早どうする事も―― 「ぁぁぁぁぁぅ!!っはぁ…はぁ…」媚薬の与える苦痛と快感は脳を痺れさせ、体を容赦なく縛り付けた。 「解いてくれ!!これを!!」 「私に貴方からの口付けを。愛してると言って頂戴」 「っふ…ぁ…は…はぁ…はぁ…出来な、、い」 「しなさい!!」 彼女は俺の顎を取り、そこへ舌を這わせ愛撫しながらもう一度俺に命令した。 「愛してると…言いなさいよ…」 「その言葉はそんなに軽くなど言えない!!」 首を振り、女の愛撫を振りきろうとするが、その手は執拗に俺の敏感になった体を攻め立て、堕とそうとした。 体に宿る強烈な情欲に、だんだん意識が朦朧と…して…。 朦朧と…体の熱を持て余して…苦しくなって… 意識の底の方が少しずつ根を上げ始めた。 あぁ…もう楽に… 偽る事が出来たら開放される…? 偽る―― 偽りの無い言葉、、何て、、真実想っている少女にも言えなかったのに。 アァ、、モガミサン…オレハ モウ …。 【続く】